*さいはての西*

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『オランダ靴の謎』エラリー・クイーン著/井上勇訳(創元推理文庫)東京創元社

Yuseumさんの記事を読んで旧訳とけっこう違うらしいということを知り、数年ぶりに再読しました。(Yuseumさんの『盤面の敵』の記事に飛びます)

字が大きくなって読みやすくなったということもありますが、初読のときの「なんて緻密でおもしろんだ」という感動はかなり薄れてしまいました。
逆に、細かいツッコミどころがけっこうあることに気づいて、改めて別の意味で楽しく読みました。

それにしても、何て、まわりくどくて、大げさで、楽しいんだ(笑)。

謎解きの最中に中断するという手はアガサ・クリスティも使いますが、クリスティより数倍まわりくどく感じます。比べるのが残酷だよ、というご意見もあることを承知で言いますと、初読の当時はル=グウィンも読んでいたので、元々美文とは言い難い文章なんだなあということがきわだって感じたのでしたが、あとでユダヤ系の作家だということを知ってから、「ああ、ユダヤ・ジョークだと思って読んでもすんごいおもしろいわ」ということに気づき、それからはあまり気にならなくなりました。
(わたくしの知っているユダヤ・ジョーク代表例(内田樹さんの著作から孫引き・原典はフロイトだそうです):
列車の中で独りのユダヤ人がもう一人のユダヤ人に尋ねた。
「どこへ行くのかね」
「レンブルクさ」
すると尋ねたユダヤ人は怒って言った。
「いったいどうして、あんたは本当はレンブルクに行くくせに、クラカウへ行くとひとに信じ込ませようとして、『レンブルクへ行く』なんて言うんだ!」 )



犯人と共犯が婚姻関係にあるということを言うだけで、こんなに紙数を使うか(笑)。その前のシーンで自分では言いたくないの、とばかりにクイーン警視が場を離れるので、いったい何があったのかと思ったら。読んでる方は、「これだけ気をもたせるんだから、そんなふつうの関係じゃないんだろうな」と思ってわくわくして読み進んでいったら、「そんなふつうの関係」で椅子ごとひっくり返りそうになりました。

やっぱりいいな、クイーン。


以下は、再読して気になった細かいところです。
作品の出来そのものとはあまり関係がない上、重いし長いし(それいつも)なので、ご用とお急ぎでない方だけどうぞ。






まず、現在の諸事情に合わせた訳語の変更も見られますが、「看護婦→看護師」はむしろやりすぎでは? と思いました。
自分がクイーンファンになったのは井上勇訳に負うところが非常に大きかったという自覚があるため、ある程度古い日本語を残すという意味でも、なんでもかんでも現代の事情に合わせて変えるというのもいかがなものでしょうか。
古典を読むのは、その時代の雰囲気や事情を知ることができたり、意外と人間は変わらないなと思ったり、それが楽しいという面もあるので、なんでも新しい方が良い、という「新しさ至上主義」には疑問を感じます。

また、初読のときも「全然関係ないじゃん!」とツッコミまくったハルダ・ドールンとフィリップ・モアハウスのバカップル全開の恋愛メロドラマですが、何というか…このあとのハルダが心配です。モアハウスがハルダの生まれた事情についてクイーン警視に宛てた手紙で、何度も何度も「恥ずべき生まれ」と書いていて、いや、それ違うんじゃないかねモアハウスくん。という違和感が拭えませんでした。
モアハウスが絵に描いたような騎士道精神を発揮して、それがかっこよくないんですよ。むしろうっとおしいので、なおさらそう思うのです。
だって、「あなたのことを好きだけど、あなたの生まれはサイテーだね」と言ってる男に言い寄られてうれしいですか。
また、その事実を伏せるのもハルダを傷つけたくないから、と言ってはいるのですが、ちょっとした試練にも耐えられないような軟弱な女だ、ということを別の言い方で言っていて、彼女にも事実を受け止めて乗り越える権利があるということを最初から度外視しています。そもそもモアハウスが「恥辱」だと思っているだけで、ハルダは別の受け止め方をして、それで人間として成長するかもしれないのに、そんなこと思いもしないんですね。
そんなようなことをもろもろ考え合わせた上で、いや彼女を傷つけたくないからやっぱりハルダには伏せておこう、というのならわかるのですが。ハルダもハルダで、こんな頭の引き出しが一個しかないような男のどこがいいのかさっぱりわかりませんが、たで食う虫も好きずきです。
そんなわけでどちらも底が浅いという意味ではどっこいなのですが、クイーンの作品は男女とも若者キャラクターに魅力がないというか控えめに言ってもバカ丸出しみたいなキャラが多いのは確信犯なのかもしれないです。(だってほかの作品読んでも読んでも……)

女性蔑視が強いのはその時代の事実だったと思うのですが、ほかの同時代のエンタメ作家の作品を読んでいて、「歴史的事実」とそれをどう考えるかという「作家の見識」は違うということも感じましたので、クイーンほどの作家が「偏見は無知から生まれる」ということすらわからなかったとも思えないしなあ…と疑問に感じるのであります。
身辺にバカみたいな女性しかいなかったのかもしれませんが、「女はそんなもんだ」と思いこんでたら「そんな女」しか寄ってこないと言いますか……。知性は知性に惹かれると言いますから。(ここでいう知性とは「お勉強ができること」ではありません、もちろん。)

クイーン作品を読んでいるとアメリカの人種差別の根の深さを感じることも多く、中にはクイーン警視があからさまにアフロ・アメリカンに対して差別的な発言をするシーンがある作品もあり、クイーン警視ファンのわたしはショックでした。(クイーン警視は警官にはめずらしい、心優しい公平な人柄というキャラクターで設定されて登場しますので、なおさらです。)
が、1949年に発表された『九尾の猫』では、アフリカ系の刑事ジルギットを、クイーン警視が特別に事件のために抜擢したというシーンがあり、まだ公民権運動の高まる20年近く前ですから、抜擢する方もされる方も勇気が要ったことだろうということは想像に難くありません。(映画『招かれざる客』『夜の大捜査線』が1968年の作品ということを考えても。)

作家の年齢が上がるとともに、女性蔑視も人種差別も緩和されているのが明らかなので、年齢とともに、そして時代の認識の変化とともに意識が変わってきたのかもしれませんね。


クリスティやセイヤーズなんていつでも手にはいるのに、アメリカでクイーンの手軽に読める価格帯の本が現在全滅なのは、この辺りのことがアメリカではもれなくひっかかってくるからということもあるかもしれません。

…というような、ミステリを純粋に楽しむという以外に細かいことに気がつくようになる大人になる前に、クイーンは読んでおけ、と言われるゆえんでもあるのでしょう。
つまり、こんなことを気にしなければ、エンタテインメントとしてどれほどサービス精神にあふれた、すばらしい作品であるかということも、よくわかるからです。


しかし、思えば、クイーンパパはなんて女性の趣味がいいのでしょうね…。(くどいけど、やっぱりそこですか)返す返すもエラリーのお母さんがどんな人だったのかわからないのが残念です。おかげで想像の翼が宇宙の果てまで広がりかねん勢いです。

あと、最後のエラリーの謎解きのシーンで、サンプスンがエラリーの話を聞いてるさいちゅうにエラリーの話長すぎで居眠りこいてるシーンに大笑いしました。わかるよ…。

巻末の法月綸太郎さんの解説を読んで改めて思ったのですが、初期の頃の「名探偵」エラリーに魅力が乏しいのは、謎自体が主役だからであって、探偵は二の次だからなのかもしれません。それにしては『ローマ帽子~』でのクイーン警視の描写が無駄に良いのはなんでだと思わないでもなく。(そしてわたしにとっては無駄どころかサイコーイエー☆だったわけなので、ありがたいことこの上ないのですが。ありがとうクイーン。)

現代の大人が読むといろいろとフェミ・コード、レイス・コード踏みまくりの地雷にドキドキするものの、やっぱりクイーンはおもしろいですね。


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my『オランダ靴』コレクション。
左上から時計回りに、Pocket Books版、ハヤカワ・ポケミス版(二宮佳景訳)、東京創元社・文庫(井上勇訳)、新潮文庫(蕗沢忠枝訳)、早川書房・文庫(宇野利泰訳)。

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Pocket Books版、なんかいろいろと間違っています(笑)。
看板に偽り大ありですが、このいかにもチープで品がないアメリカンなところがいいです。
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by n_umigame | 2009-08-21 18:44 | *ellery queen* | Trackback | Comments(2)
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Commented by Yuseum at 2009-08-23 17:21 x
nisemiさん、コメントありがとうございまーす(^^)
Yuseumは、「オランダ靴を読み返そう。」と書いておきながら、まだ読み返していません(^^ゞ
確かに、「看護師」にまで改変するのはやり過ぎですね。エジプトもそうでしたが、「これだけ改変して、『井上勇 訳』とするのは、いかがなものか。」と抵抗を感じたりもしました。

それにしても、オランダ靴がいっぱいですごい(!o!)オオ!
Commented by n_umigame at 2009-08-27 22:19
Yuseumさんご無沙汰しております! なのにコメントお返事遅くなりまして申し訳ありません・・・。
こちらこそコメントありがとうございました~。
そうですよね、これだけ変えて”井上勇訳”のままというのもね…。
個人的には好きなんですけれども井上訳。