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『メグレと若い女の死』 ジョルジュ・シムノン著/北村良三訳(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)早川書房

午前3時すぎのヴァンティミル広場は静かな小島のようだった。車が1台とまり、4、5人の男が地面に横たわる明るい色の物体を囲んで立っていた。メグレが到着すると、無愛想な刑事ロニョンのやせた影がそこにあった。死体は湿った歩道に頬をつけて横たわっていた。片方の足には靴がなかった。身につけたイヴニング・ドレスは傷んでおり、肌寒い3月というのにコートは着ていなかった。メグレはなぜか、これが複雑な事件になるような気がした。シムノンの油の乗り切った時期の代表作のひとつ。


「無愛想な刑事」ロニョンが登場する作品です。
ロニョンはメグレの部下(パリ司法警察)ではなく、第二地区の刑事なのですが、メグレはロニョンが有能な刑事だということをきちんと評価していて、それは
彼の価値――それは誰でもが知っていた。知らないのは、本人ぐらいのものだった。

というような一文からも伺えます。
それで、そんなつもりではなかったのに、ロニョンが捜査の手をつけ始めたばかりだったり、いいところまで行っている事件を、結果的にメグレが手柄を横取りしたみたいになってしまうので、気がさすのですが。

が。

ロニョンよ…なんでそんなに卑屈なのか。(笑)
本当にもう笑っちゃうくらい卑屈なんですよ。出てくる作品出てくる作品、本当にキャラのぶれないキャラクターです。ロニョンの奥さんは奥さんで、本当はどの程度悪いのかわからない病気でベッドに寝たきりで、ロニョンに自分が病気でつらいことを言い募り、仕事から帰ってへとへとのロニョンを炊事や掃除にこき使うという、悪妻の見本のような人ですが、この人もこの人でそんなふうにしか生きられないという、気の毒な人ではあります。
お互いそんなに嫌いならいっそ別れちゃった方がお互いのためにいいんじゃない?と思いそうなものですが、お互いにぶーたら言いながらそれが良いと思っているとしか思えませんよ、この夫婦。カトリックだから離婚できないということもあるのかもしれませんが…。メグレ夫人があまりにも「ステキな奥さん」として描かれるので、対比が悲しいくらいです。

とはいえ、シムノンはロニョンというこの陰気で、我から背負う十字架を重く我慢のできないものにしているような、人生そのものが呪われたようなキャラクターを心から愛していたのではないかと思います。だってしょっちゅう出てくるんですよ(笑)。

ロニョンとその奥さんのように、おそらく小さなボタンの掛け違えから始まったのであろう偶然が続いたり、誰のせいでもない沼のような不幸の中から出ようとあがき、失敗し、それでも人生は続いていく、というような人たちを、シムノンは淡々と描いていきます。
この作品の被害者ルイーズもそんな人の一人ですよね。ギャンブル中毒の母親…一人娘が殺されたと聞いてもカジノのテーブルから離れようともしない母親から、望まない妊娠で産まれてきたのはルイーズに何の責任もないことです。

メグレ警視シリーズは決してハッピーエンドとは言い難い終わり方だったりすることも多いのですが、この霧のかかったような世界になんとなくずっといたいような、早く出たいような、不思議な読書時間を過ごせます。

始まり方がいい作品が多いように思います。


 メグレはあくびをし、書類を事務机の端に押しやった。
「坊やたち、これに署名したらどうだね。そうすれば寝られるよ」
≪坊やたち≫というのは、ここ一年司法警察が逮捕した者のなかでもとくに手に負えない、三人の屈強な男たちだった。


あと、メグレ夫人がわたくしは大好きなので、メグレがリシャール・ルノワール通り(メグレのアパルトマンがある)へ帰る、というような描写が出てくると、「あ、メグレ夫人が出てくる!」とうれしくなります。
二人の仲良し夫婦っぷりが心あたたまるからというのもありますが。
メグレ夫人の作るお料理が食べてみたい! どれもおいしそうなんですよ。超カロリー高そうなんですが!
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by n_umigame | 2009-09-15 22:41 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
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