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*さいはての西*

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『ダブル/ダブル』マイケル・リチャードソン編/柴田元幸, 菅原克也訳

(白水uブックス)白水社


 「この世のどこかに、あなたと同じ人間がもう一人いる」――ポーの『ウィリアム・ウィルソン』をはじめ、《分身》をテーマにした物語は数多いが、本書は現代の分身小説を集めた世界でも珍しいアンソロジー。収録作家はジョン・バースからポール・ボウルズ、ルース・レンデルまで多彩な顔ぶれ。 (出版社HP)


カバー絵は玖保キリコさん。

冒頭から私事で恐縮ですが、わたくし、よく、初めて行った土地で「以前もお会いしましたよね」と言われることがあります。または、古いつきあいの友人…つまり私をよく知っている人間が、旅行先で「にせみ(仮)、○月○日頃、どこそこにいたよね? 声かけようとしたんだけどダンナとしゃべってるうちに見失っちゃって」ということが一度ならずありました。

もちろんどちらもまったく身に覚えがありません。

旅行先などで間違えられるのは、またかと思いつつも「まあそんなによくある顔なのかしら…」と思ってわりあい軽くスルーしていたのですが、いっしょに旅行したことが何度もあるような長年のつきあいになる友人からそんなことを言われると、さすがに薄ら寒くなりました。

だからというわけではないのでしょうが、”この世のどこかに、あなたと同じ人間がもうひとりいる”というテーマは10代の頃から私を惹きつけ、よくわからないなりにドッペルゲンガーやそれに類するお話や研究書を読んだりしていました。そんな中で河合隼雄さんの著書に出会い、おかげで『ゲド戦記』に出会ったのも今ではいい思い出です。しみじみ。1巻が『影との戦い』という邦題でなければきっとあの作品に手を出さなかったでしょう。

ドッペルゲンガー…二重身というモチーフは世界中に分布しているらしく、日本にも江戸時代には逸話が残されており、「影の病ひ」と呼ばれていたそうです。
ある男が自分の家に帰ると、自分にそっくりの後ろ姿の男がこちらに背を向けて座っていた。自分の後ろ姿を見たことはないはずなのだが、確かにそれは自分であるという確信を覚えた。声をかけようとすると自分そっくりの男は立ち上がって縁側からふいと出ていってしまい、そのまま見失ってしまった。数日後、男は熱を出し、そのまま息を引き取った。
というのが覚えているあらすじです。

自分に出会うと死ぬ、あるいは不幸になる、という結末も世界中に分布する「二重身」物語に共通する展開のようです。

さて、この本には以下の短篇が収められています。


『かれとかれ』ジョージ・D・ペインター
『影』ハンス・クリスチャン・アンデルセン
『分身』ルース・レンデル
『ゴーゴリの妻』トマソ・ランドルフィ
『陳情書』ジョン・バース
『あんたはあたしじゃない』ポール・ボールズ
『被告側の言い分』グレアム・グリーン
『ダミー』スーザン・ソンタグ
『華麗優美な船』ブライアン・W・オールディス
『二重生活』アルベルト・モラヴィア
『双子』エリック・マコーマック
『あっちの方では -アリーナ・レイエスの日記』フリオ・コルタサル
『二人で一人』アルジャーノン・ブラックウッド
『パウリーナの思い出に』アドルフォ・ビオイ・カサレス

アンデルセンの『影』だけは読んだことがありました。「軒を貸して母屋を取られる」の典型。シャミッソーの『影を無くした男』とともに、ユング派の心理学者が「影」の概念を説明するのによく使われているのかな? という印象がありました。
レンデルとグリーンの作品は収録作品の中では起承転結のはっきりしたわかりやすいお話でした。グリーンの『被告側の言い分』はこの夏話題になった手塚治虫先生のあの作品とオチが同じですね。
『ゴーゴリの妻』。ええっと、あの、これはつまり何だ、ゴーゴリの妻は要はあれだった、と(笑)。笑いどころがよくわからない長い長い冗談のような作品でした。
『華麗優美な船』はノアの箱船の双子、という発想が面白い。そう言えば幽霊船を見たという証言は、自分の乗っている船が霧のような細かい粒子の水の壁に映っている姿である、だから近づいてぶつかりそうになると消えるのだ、という節があるそうです。
一番「意外な結末」だったのは最後の2つ、ブラックウッドの『二人で一人』と、カサレス『パウリーナの思い出に』。ブラックウッドはあの恐怖小説のブラックウッドなのですが、この作品はそんなわけでもなく。でも考えようによったら怖いかな…。
『パウリーナの思い出に』はタイトルからオチを知るべしだったのですが、幻想的痴話喧嘩みたいなそんなお話でした。
by n_umigame | 2009-09-16 14:35 |