*さいはての西*

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『ウィッカーマン』(1973)

スコットランド・ハイランド地方西部の警察に勤める中年の巡査部長ニール・ハウイー(ウッドウォード)は、ヘブリディーズ諸島のサマーアイルという孤島で行方不明になった少女ローワン・モリソンを探してほしいという匿名の手紙を受け取る。ハウイーが飛行艇で向かった先で見たものは、島の領主サマーアイル卿(リー)のもとでキリスト教宣教以前のケルト的ペイガニズムが復活していた異様な風景だった。一見普通に見えた島民は、生まれ変わりを信じ、太陽を信仰し、子供たちに生殖と豊作を願うための性的なまじないを教え、大人たちは裸で性的な儀式に参加していた。

ハウイー自身、非常に厳格なキリスト教を信仰しているため、これらの風習に衝撃と嫌悪を隠せなかった。宿では、あるじの娘のウィロー(エクランド)が艶かしい踊りと歌でハウイーを誘惑し、彼を困らせる。「五月祭」の近づく中、島民は準備や儀式に忙しく、彼の捜査は進まない。教師や役人も含め、島民は「ローワンという少女はここにはいない、最近死んだばかりだ」と口をそろえる。ハウイーは島の権力者であるサマーアイル卿のもとへゆくが、そこで彼はサマーアイル島の物語を聞かされる。サマーアイル卿の祖父の世代、凶作が続いたためにキリスト教を捨てて古い宗教儀式に戻ったところ島は豊かになり、リンゴの名産地になれたという。

ハウイーは次第に、少女は人身御供として殺された、あるいはこれから殺されるのでは、との疑念を抱くようになる。やがてローワンの墓を暴くと中には野兎しか入っていなかったこと、ローワンが昨年の感謝祭の主役であったこと、凶作の年の五月祭は生贄が供えられることを知り、今年のリンゴの凶作のために去年の感謝祭の主役だった少女が殺されることを確信する。飛行艇の故障で応援の呼べないハウイーは、少女を救うべく、五月祭の主役である愚者パンチを演じる予定の宿のあるじを昏倒させ、自らがパンチの扮装をしてサマーアイル卿が先導する五月祭の行進に紛れ込む。ハウイーを含めた島民の行進は、町外れの海辺の丘に立つ、柳の枝で出来た巨大な「ウィッカーマン」の像へと向かう。(Wikipedia)






『ホット・ファズ』の元ネタのひとつにもなったという、ブリティッシュカルトムービーをついに見ることができました。
「1970年代」「製作国イギリス」と聞いただけでタダではすまんはずだと、身構えて見てみましたが、いっやー、終始開いた口がふさがらない愉快な映画でございました。(笑)『ホット・ファズ』を作っているメンバーも、映画が好きでバカが好きというのが痛い痛いもうやめてというほど伝わってきて、イギリス映画はこうでなくっちゃあな…と涙ながらに敬礼した覚えがあるのですが、この映画を見て、『ホット・ファズ』ごときで大喜びしてごめんなさい。と心から誤謝りました。(でも好きか嫌いかと問われるとやっぱり『ホット・ファズ』の方が好きだけれども。)

クリストファー・リーが出演していて、そのおかげか(?)一見ホラー映画なのかと思ってしまいがちなのですが、1970年代の作品らしい淫靡さと、舞台になっている「イギリスの孤島=独自の因習によって生活している閉鎖的なコミュニティ」のいかにも何かが出そうなのどかさがとてもマッチしています。(これがアガサ・クリスティの作品だったらどんどん島民がなぞの死を遂げるんだろうなあ、という感じの。)
冒頭の、ハウイー巡査が島にやってきたのを迎える島民たちの、いかにも排他的な雰囲気から見る者を引き込んでいき、お茶の間の空気が凍りそうな淫靡な描写が節々に盛り込まれ、見ている者を半笑いの表情のまま超絶バッド・エンド(でも笑える)へとなだれ込むラストシーンがやはり秀逸でした。
イギリスのユーモアの好きなところは、こういう、「悲劇なんだけれども笑ってしまう」という、えもいわれぬ底力があるところです。むしろ「笑えない悲劇なんか悲劇じゃねえよ」と言わんばかりの逆説的な「笑い」を見るにつけ、逆説が大好きだったG.K.チェスタトンのような作家を生み出した背景にはこういったお国柄(?)もあったんだろうなあと改めて思ってしまいました。

ニコラス・ケイジ主演のリメイク『ウィッカーマン』を先に見ていたのですが、こちらはまったく毒が抜けてしまっていて、ニコラス・ケイジの半泣きの顔だけが印象に残っています。ラストは変えていないのですが、この違いはいったい何なんでしょうね。やっぱりあれじゃあ笑えませんでした。
1973年版の方は作品の世界観がすでに暗く(絵も物理的に暗いのです)、いかにも何か出そうな感じで、クリストファー・リーという怪優の存在感もただごとではない上に、ウィカーマンの生け贄にされるためにイギリス本土からやってくる警官のハウイーというキャラクターもよく生きていると思います。リメイク版と大きく違うのはこのハウイーのキャラクターでもあるでしょう。
1973年版では、ウィカーマンの生け贄として、ハウイーがかなり堅物のクリスチャンであり、その自身の信仰のために童貞で、女王の代理=警官であり、愚者パンチのように「愚かで賢い」者でなければならない、という設定が(よく考えるとばかばかしいのですが)この作品を盛り上げるのに重要な部分であるということがよくわかります。
いくらファナティックな人が多いアメリカでも、2006年に製作されたのでリメイク版では「そんなヤツいるかよ!」となってしまって(笑)、むずかしかったのかもしれません。

「愚者パンチ」というのはマザーグースの唄にも出てくる「パンチとジュディ」のことだと思うのですが、わたくし、この唄しか知らず(♪パンチとジュディ、おめめにいっぱつ…@谷川俊太郎訳)、なぜパンチが「愚かで賢い」のかはよくわからなかったのですが…。

Wikipediaによるとハウイー役は最初はマイケル・ヨークに打診されていたのが断られたそうですが、何となくわかるなあ(笑)。

『ウィッカーマン』(2006)の感想はこちら
『ホット・ファズ』の感想はこちらです。

あ、ちなみに、わたくしニコラス・ケイジのファンじゃないですよ~(笑)。っていちいち言うのも失礼ですよねすみません…。でも、違うんで!
題材で選んで映画を見ると、なぜだか彼が出ている映画にばっかり当たるんですよ。おっかしーなー。
てことはつまり、ニコラス・ケイジと映画の趣味が似てるってことか…? まあいいけどな…。(「けど」なんだ)
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by n_umigame | 2009-09-30 14:00 | 映画・海外ドラマ | Trackback | Comments(0)
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