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『死の舞踏』 ヘレン・マクロイ著/板垣節子訳 (論創海外ミステリ) (論創社)

12月、雪のニューヨーク。その夜、一体の異様な死体が発見された。雪のなかに埋まっていた若い女性の死体は、なんと熱かったのである!精神科医ベイジル・ウィリング博士が捜査に乗り出し、娘のお披露目パーティにすべてをかける義母や軍需品会社の経営者、ゴシップ記者といった人物による無意識の行動をつぶさに検証する。その先に浮かぶ恐るべき意図とは?サスペンスや短編にも長けたマクロイのデビュー作にして、傑作本格。ベイジル・ウィリング初登場作品、ここに刊行。(Amazon.jp)


『幽霊の2/3』がとてもおもしろく、文章も良いし読んでいて気持ちいいので、あのあとすぐほかの作品を探しにネットの海をざばざばと泳ぎに出たのですが、なかなか新刊では手に入らなくなっていて、古本で何冊かゲットいたしました。
『家蠅とカナリア』は新刊で平積みされていたのですぐ買えたのですが、そうこうしているうちにベイジル・ウィリングシリーズのデビュー作という『死の舞踏』が届いたので、とりあえず順番どおり、こちらから先に読むことに。


1938年の作品。
冒頭から非常にキャッチーな「謎」で滑り出し、テンポよく、読みやすい心地よい文章で語られるので、とても読みやすかったです。
いかにも「海外の古典本格ミステリ」な雰囲気は、まだちょっとごつごつした印象がありますが、文章の良さがそれを十分カバーしていますね。翻訳も、そういったテキストの良さをくずしていないので、やはり翻訳者に恵まれるということは非常に大切だと思います。

解説にも書かれていましたが、キャラクターの配置が初期のエラリイ・クイーンやS.S.ヴァン・ダインのような、「名探偵+地方検事+NY市警の管理職(警視)とその部下」+「名探偵のおうちには執事がいる」という顔揃えであります。
地方検事に対するフォイル警視の態度は非常に礼儀正しいですが、クイーンやヴァン・ダインの警察関係者が検事局に対して馴れ馴れしすぎで、こちら(マクロイの方)が現実に近いんじゃないかという気がしています。

人物配置はそうだとしても、エラリイ・クイーンやファイロ・ヴァンスが知識を見せびらかそうとしてかえって(言うてすまんが)馬脚をあらわし、本当に教養が高いのか疑わしくなってしまっているのに比して、ベイジル・ウィリングは自然体です。
(エラリイやヴァンスはその辺もネタとして笑えるし、慣れるとけっこうカワイイので、良いのですが(笑))
ですので「名探偵」の周りに配置されたキャラクターも不自然なまでにバカ扱いしたり無能扱いしたりする必要がないため、警察関係者や検事局など捜査陣も自然体です。ふつうに優秀なプロフェッショナルの人たちの中でも抜きんでていることを読者に伝えるには、こちらの表現の方が賢明だと思います。そのためか、やたらと名探偵を持ち上げる表現…「天才」だの、「偉大な人」だの「巨匠」だのと言われることは、ベイジルはありません。不自然にど素人がまぎれこんでこないように、検事局付きの非常勤の精神科医にしたのも良かったですね。

解説では、フロイトの説やコマーシャリズムに大衆の関心が強まったのは1920年代で、この作品が発表された1930年代後半にはめずらしくもなんともない、と書かれてありましたが、それは流行りものに飛びつかずにある程度評価がかたまりつつあったところで作品に導入しているという印象で、それが著者の血肉になっている(本当に理解した上で使っている)ので自然に感じるのでしょう。また、ベイジル・ウィリングが自分の専門を素人にもわかりやすいように説明している、というような話し方も好感が持て、へ理屈で煙に巻くような「論理」よりよほどスマートに感じました。

物証や論理で推理を展開せず、「解釈」を与えることで推理するウィリングは、がちがちの本格ファンからはやや敬遠されがちだったこともあったそうですが、「がちがちの本格ミステリ」の探偵たちも、確たる物証で固めた論理展開だけで犯人を追いつめていたかどうか、ちょっと疑問に思う部分もあります。客観的に証明する事がむずかしい場合、たいてい「犯人が自白してくれたおかげで」探偵の推理が正しかったことが証明されました、というオチもめずらしくないので。(だからといってミステリとしておもしろくないかというと、そんなことはないのですが。)

「それがもはや、謎でもなんでもなくなってしまった。ただの駒を操るゲームでもなければ、数学者の頭の中だけ存在する命題でもない。自分は、同じようにものを感じ、望みを抱く人間と関わっているのだ。考え、苦悩する人間と……」
というベイジルのモノローグは、デビュー作にしてすでに同時代の「キャラは駒」的な「謎解きミステリ」と一線を画していますね。ほかの作家たちも、「キャラは駒」的ゲーム小説ではないものを模索し始めていたころではあったと思われますが。

とは言うものの、ベイジル・ウィリングが魅力的なキャラクターかと問われると、うーん、としかお答えできません。良く言えばカサが高くなくそつがない、悪く言えば毒にも薬にもならない、という感じです。神にでもなったつもりで犯人に自ら手を下したり、自殺に追いやったりするような「名探偵」でないことは確かですが、そういう、人としてどうかと思うような壊れたところや、危なっかしさがない分、ちょっと優等生すぎるかもしれません。(どうしろって言うんだよ!て感じですが(笑))

長くなりましたが、作品自体、犯人の動機が弱くなりがちな本格ミステリにあって、なかなか現代的な動機だと思いますし、実際に明日、こんなことを言い出して人を殺す人がニュースで報道されても驚きませんね。バカじゃなかろーかと思われはすると思いますけれども。
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by n_umigame | 2009-10-02 23:34 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
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