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『家蠅とカナリア』 ヘレン・マクロイ著/深町真理子訳(創元推理文庫)東京創元社

精神分析学者ベイジル・ウィリングは魅惑的な主演女優から公演初日に招かれた。だが劇場周辺では奇妙な出来事が相次ぐ。はたして、観客の面前でなしとげられた大胆不敵な兇行! 緻密な計画殺人に対し、ベイジルが披露する鮮やかな推理。大戦下の劇場に多彩な演劇人を躍動させながら、純然たる犯人捜しの醍醐味を伝える謎解き小説の逸品。(出版社HP)


原タイトルは"Cue for Murder"。
邦題も原題も、重要な手がかりになっています。(原題は作中に出てくる、シェークスピアのセリフをもじったもの)

非常に端正で、セオリーどおりのパズラーではあるのですが、結論から申し上げると、厚さのわりには、謎解きの部分は肩すかしでした。
特に、「本格ミステリの傑作!」というような評判をそこここで見かけたのですが、あまりそのような作品を期待されるとなおさら肩すかしかもしれません。

タイトルになっているので、ネタバレOKということと判断しますが、「カナリア」と「蠅」が犯人を指し示す重要な手がかりです。
なのですが、蠅の方はともかく、カナリアの方はこじつけの屁理屈と言われても仕方がないのではないかと思いました。

そんなわけで、犯人を特定するための論理には問題があるように思うのですが、目の前に1940年代のニューヨークの情景が開けるような筆力や、人間を裏の裏まで見つめるような「目」、これは相変わらずすばらしいです。
長い分、長い間、それを堪能できるだけで、わたくしには十分読む価値がありました。
論理がゆるい分、映画など、映像作品向きなのかもしれません。この作品を映画で見てみたいなあと思いました。

「おれ、ほとほと自分に愛想が尽きてるんだ」アディーンはどうやら本心からそれを気に病んでいるようだった。「どうすれば他人とうまくつきあっていけるのか、さっぱりわからん。如才なくふるまうだけの世知に欠けてるんだな」
「如才なさとは、すなわち愛だとはよく言われるね」ベイジルは答えた。「つまり、他人の立場に立ってものを考えられるかどうかであって、ことこの問題に関しては、どれほどの知性も思いやりには代えられないのさ」


同時代のパズラーの作家、特にアメリカの作家で、こんなやりとりが読める作家はいなかったのではないでしょうか。(いたらぜひ教えてください。)
解説で、この作品を「工芸品」と称しておられますが、そんなことばで一言でくくってしまうのは、あまりにももったいない作家です。

残念なのは、あともう1冊(しかも半分以上読んでしまった)しか未読のマクロイの訳書が、手元に残っていないこと。
12月に新訳が出るので、それまで残りをちびちびとやります。

ところで、本編と関係がないのですが、準レギュラーのフォイル次長警視正。
痩せた顔、引き締まった体、精悍な雰囲気、だけど、警官になれるぎりぎりの身長しかないという小柄さん。
そして、中年以上の女性に弱い。そしてもちろん(?)アイルランド系。
なんか、クイーン警視を思いだして仕方がなかったのですが、このころ、何か、NY市警の警視というとこういうモデルがあったのでしょうか。
(もっとも、フォイルは5人の子どもの父親で、奥さんもご健在のようですが)

ベイジルもフォイルだけには「ドク」と呼ばれても良いと思っているなど、お互いに実力を認めているところも良いですね。


もっともっとベイジル・ウィリングのシリーズが読みたいです!
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by n_umigame | 2009-11-02 22:02 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
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