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『マリー・アントワネット』上下 アントニア・フレイザー著/野中邦子訳(ハヤカワ文庫NF)早川書房

女帝マリア・テレジアが同盟の要としてフランスへ送りこんだ花嫁は、たった十四歳の少女だった。慣習とゴシップに満ちた宮殿で大勢の姻族と召使が見守るなか、少女は何を思い、どう振る舞ったか―その激動の生涯ゆえに数々の神話にいろどられ「悲劇の王妃」とも「浪費好きな快楽主義者」とも言われる王妃マリー・アントワネット。そのどちらでもない真実の姿をあたたかい眼差しでとらえ、一人の女性として描ききった伝記。 (Amazon.jp)


年末年始フランス革命とその周辺祭り(自分内)企画、第1弾です。

淡々とした抑えた筆致が心地よい伝記でした。

ツヴァイクの『マリー・アントワネット』(岩波文庫版)が、翻訳の調子もあいまってか、あるいは元々ツヴァイクの文がそういう文章なのかけっこう講談調でした。これはこれで楽しかったのですが、やはり「講釈師 見てきたような 嘘を言い」という感じで「またまた~」「とか「ほんとかよ」とツッコミたくなる気持ちが抑えきれない部分もありました(笑)。だから池田理代子さんがマンガにしたくなったというお気持ちはかえってわかる気がします。

こちらのフレイザーの方は、ソフィア・コッポラ監督の『マリー・アントワネット』の原案だそうですが、ツヴァイクの方より、よりマリー・アントワネットの「平凡な女っぷり」が強調されているように思います。
アントワネットが人間としての美質に恵まれた人であったこと、例えば、誰にでも愛想が良いところ、召使いにもやさしく接したこと、快活で、子どもが好きで愛情深い母親であったことなどがよくわかります。
半面、やはりお調子者というか、若い頃は思慮が浅く、いつまでも子どもっぽいところが抜けなかったことなども伝わってきます。
最初は読んでいて、この著者はアントワネットのことをあまり好きではないのかな?と思っていたのですが、上の欠点もそもそも子ども時代の躾の失敗のせいで集中力が身についていないことが原因だ、と、公平な見方が貫かれています。

また、『ベルサイユのばら』ではアントワネットのことをとても深く愛しているように描かれていたオーストリア女帝マリア・テレジアについて、自分の娘たちを政略結婚の道具程度にしか思っておらず、子どもたちを公然とえこひいきした母親として、さらりと、かつ辛辣に書かれています。
マリア・テレジアとて人間ですから、16人も子どもがいたらある程度は、どうしてもお気に入りの子とそうでない子ができてしまっても仕方がないと思いますが、子どもたちはそんな母親の愛情を得ようとそれぞれ必死だったことも丹念に史料にあたって、つぶさに語られています。(父親は何をしておったのだと思うのですが、この家のお父さん、めちゃくちゃ影薄いです(笑))ハプスブルク家は政略結婚はほとんどお家芸だったようですので、そんな家系に、特に女として生まれたら大変ですね。マリア・テレジア自身は好きな男性とめでたく添い遂げた幸せ者だったくせに…というつぶやきが漏れ聞こえてくるようでして、女って怖いです(笑)。

メルシー伯についても、『ベルばら』では衷心から仕えた臣下のように描かれていましたが、アントワネットは父親のように思っていたかもしれないが、メルシー自身は単に職務として仕えていただけで、仕事が終わったらハイさようならだったことがわかります。

アントワネットとフェルセン伯との仲については、結論から言うと「相思相愛なのにプラトニックな状態がそんなに続くわけがないでしょう」という解釈でした。
フェルセンは「ロマンティックな容貌でどの国に行ってもモテた」、ヨーロッパ各国(とアメリカにも?)に恋人がいるような、アンタ港港に女ありの「海の男」かい、というような女性遍歴の持ち主だったそうです。だからアントワネットとは場数が違うわけなので、その先はみなまで言わすなと(笑)。
逆に、だからこそアントワネットには騎士的なプラトニックラブを貫いたという見方もできそうです。(というか、むしろこの人「騎士的な愛を貫くオレ」に酔ってたんちゃうかと思わないでもないです(笑)。)
フェルセン伯の肖像画を、若い頃?と晩年のものと2種類見たのですが、若い頃はいったいこれのどこが「ロマンティックな容貌」なのかいまひとつ理解できませんでした。(すまん)(年をとってからの肖像の方が良い顔だと思います。重々しく、陰鬱な印象を受けますが。)
ところが、返す刀で「アントワネットは非常に貞淑な女性でもあった」とあったりして、史料からは『ベルばら』の解釈(というよりツヴァイクの解釈)と同じという見方もできます、という、どこまでも公平な語りでした。(でもほかにも史料(フェルセンの手紙)が残っていたのに子孫が改竄したからわからないわよ、ということのようで…歴史家としては史料がないことには裏付けが取れないから、あくまで想像しかしようがありませんが、ということのようです。)

アントワネットの処刑を決める裁判(結論ありきの裁判で、裁判と言うより糾弾会といった様相)での、非常に機知に富む才気煥発のやりとりを読んでいると、彼女が言われているような暗愚な女性だったわけではないこと、誰一人味方がおらずフェアとは言い難い状況におかれていたにも関わらず、最後まで勇気と誇りを失わなかったことがわかります。
中野京子さんが『怖い絵』で「マリー・アントワネットの最後の肖像」を描いたダヴィッドが、アントワネットを貶めようとして描いたにも関わらず、彼女が最後まで失わなかった気概を図らずも残したばかりでなく、描き手の卑しさを自ら暴露してしまっている、と評しておられました。この最後の裁判の様子も、まったく同じことが言えるかと思います。

14歳で、しかも同時代の同年代の人と比べると精神的に幼い女性が、政治の道具として異国へたった一人で嫁がされて、自身には責任のないことで跡継ぎができないことを7年間責められて、現代の庶民でも子どもが欲しいのにできない女性のストレスや悲しみはどれほどかと思うのに、どれほどつらかっただろうと思います。
自分だったら脱走してます(笑)。
もしアントワネットが、もっと早いうちに晩年(と言っても30代半ば)の聡明さを少しでも発揮していたら、あるいは子どものころにきちんと躾けられて、本を読み通す程度の根気は身に付いていたら、もう少し彼女の人生も変わっていたでしょうか。

為政者として、マリー・アントワネットにまったく何の責任もなかったということは、もちろんないと思います。
ただ、当時のフランスの国家財政は、アントワネットの浪費とルイ16世の無策が原因で急激に悪化したわけではないことも、おそらく当時からわかっていたはずなのです。
(ほとんどないところから削り取るようにちまちま税を回収するより、あるところからがっと取る方が効率が良いし合理的だと思うのですが、なぜ貴族に課税することがイギリスにできてフランスにできなかったのか、よくわかりません。フランスはいつまでも中世の気分が抜けなかったということが理由として上げられていますが、ではなぜイギリスは中世の気分が抜けたのか。)

歴史の流れは、複雑な要素がからみあってからみあって、結果そうなるものですから、だれか一人に責めを負わせてはい終わりというものではないはずなのですが、なぜこれほどまでに「憎しみの的」にされたのか、それを考えると怖いなと思いました。
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Commented by まりお at 2012-10-14 01:01 x
「マリー・アントワネットとその周り祭り」(於オレ)、只今開催中です。(今頃!)
岩波の「マリー・アントワネットとマリア・テレジア 秘密の往復書簡」、おもしろいです。女帝は確かに自分の国のためフランスの支持を得ようと必死なのですが、遠くへ嫁いだ末娘への熱い愛情も伝わってきます。
「あなたの幸せは一変するかもしれず、あなたは自分の至らなさのためにこの上ない不幸に陥るかもしれないのです。‥私は長生きしてそんな不幸を目の当たりにするのは御免です。」

王妃が死を覚悟したとき、遺される子どもたちに後ろ髪を引かれつつ「これでお母様のとこへ行ける」という思いもあったはず、と想像します。
Commented by まりお at 2012-10-14 20:38 x
手紙からマリア・テレジアがフリードリヒ2世をホントに忌み嫌っていたことがよくわかります。邪悪、陰謀家、恐ろしい敵‥。
「ハプスブルグ家12の物語」のとおり、まさに宿敵ですね。
もし二人が一緒になっていたら‥なんて考えると楽しいです。自分にない長所を相手に見いだし惹かれ合う二人。「美しく聡明な妃といると父から受けた心の傷が癒えていくのを感じるフリードリヒであった。」‥そんなお話どうですか?
Commented by n_umigame at 2012-10-15 22:08
>まりお さま
お、フランス革命祭りですか。ゴーゴー。
アントニア・フレイザーのアントワネット像は同じ女性が描いたものなので、やはり女性を見る目は厳しいなと思います。
母親のマリア・テレジアのイメージや母子関係なども、私はフレイザーの見方に共感できる部分が多いです。
「母親が子どもを愛するのは当たり前で自然なことだ」という考え方が、あまたの不幸を生み出していることも間違いないからです。

まりおさんの見方はたいへん優しいものの見方だと思います^^

いただいた2つめのコメントですが、うーーーーーん、個人的にはそのカップルは、お互い生まれ変わってもありえん気がします(笑)。
by n_umigame | 2010-01-03 17:45 | | Trackback | Comments(3)

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