*さいはての西*

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『蔵書まるごと消失事件 : 移動図書館貸出記録 1』イアン・サンソム著/玉木亨訳(創元推理文庫)

東京創元社

憧れの図書館司書となるべく、北アイルランドの片田舎タムドラムにやってきた気弱な青年イスラエルを待っていたのは、図書館の閉鎖という無情な現実だった。代わりの職務として、移動図書館の司書を任されたものの、肝腎の蔵書一万五千冊は一冊残らず消えていた。だれが、なぜ、どこに? 事件を解決するはめになったイスラエルの、孤軍奮闘が始まる。頻出する実在の本の話題も楽しい新シリーズ、発車!(東京創元社HP)


「1260円になりますー」
「ええ!!?Σ(゚д゚;)」

いきなりお金の話になってごめんなさい。
だって本当に驚いたんですもの。
恐るべし創元推理文庫。”文庫だと思ってうかつに値段を確かめずにレジに行くと腰ぬかすリスト”にやっぱり加えておきます。(その他のリスト入り=講談社学術文庫、ちくま学芸文庫……)

さて、お財布が予想以上に涼しくなったところで、気を取り直して読み始めました。
ユーモアで笑わそうとしているということはよくわかるのです。
短い会話で笑いを取ろうとするスタイルなのですが(これがパーネル・ホールのスタンリー・ヘイスティングズシリーズにスタイルが(一瞬)似ている)、紙一重でやりすぎ感がある、微妙なユーモアなのです。
悪ノリが過ぎると言いますかやんちゃが過ぎると言いますか、あと一歩のところで止めたら控えたら笑いに韜晦するのに、というところで一歩だけ行きすぎている。
とにかく、340pくらいまで、けっこう苦痛でした。

いや、苦痛というのと少し違うな…、ううーんと、「蚊に食われたところをかいてちょっぴり爪でひっかいてしまい、血が出たのでそれ以上かかないように我慢しているんだけれども、痛がゆい」。
そんな感じ?(わかりません)
つまり、「ああかゆい、かゆいわ、笑ったらいいのかしら、でも痛い、痛いけど口に出して言うほどは痛くないけど、でも痛い。」(ぜんぜんつまってないです)
そんな気持ちで読むこと4分の3。残りは謎の解決部分なので、比較的すっきりと読み進めるのですが、ここまで4分の3我慢して読んだかいがあったわ! と言えるほどカタルシスを感じる「解決編」でないことは、おそらく、表紙イラストやあらすじからもご想像いただけるかと思います。

イギリス(本土)育ち?である、主人公のイスラエル・アームストロングが、北アイルランドという、複雑そうな土地へ、司書として赴くところから始まります。
名前から察せられるとおりユダヤ人なのですが、イギリスを舞台にしたユダヤ系イギリス人が主人公のミステリ、というのは珍しいかもしれません。(わたくしが知らないだけの可能性が高いですが。)

そこで控えめに表現しても個性的では片づかない人々と出会うのですが、例えば、自治体の担当者であるリンダ・ウェイ。北アイルランドという宗教的・政治的にとてもむずかしいお土地柄で、カトリック、東洋系、女性あるというハンデを背負って自治体の職員でいることのたいへんさに軽く触れられます。
これはおそらく北アイルランドに詳しい方が読むと、とても興味深いワンシーンなのかもしれませんが、だからといって、日本ではげっぷとかおならとかその系統で笑いを取るのはむずかしいと思います。

公共図書館の彼我の違いを見るという意味では、とても楽しい1冊でした。
例えば、イスラエルが赴くのは最初自治体の「娯楽・レジャー・地域サービス課」。
日本では公共図書館は教育委員会部局の生涯教育課のようなところが担当しているところが多いはずですが、現状を見ていると確かに、市町村立レベルの公共図書館の役割は「教育」より「娯楽・レジャー」だと割り切った方がいいんじゃない、と思うこともしばしばです。(自治体のサイズにもよるでしょうけれども)
延滞したら延滞料金を取るところも、日本もそうしちゃえばーと思いました。(アメリカでも借りたビデオをまき直さないで返すと、罰金を取られるらしいですし)
利用者層として描写されるのが、「洋ナシみたいな体型をした気むずかしい年金暮らしのお年寄り」「読み聞かせの時間のために薄汚れた子供たちをつれてきた途方に暮れた様子の髪がぼさぼさの若い母親」「そのじつ重要ではない、書類のコピーを3通とろうとやってくるもの」「しわだらけで無精ひげをたくわえた酒くさい飲んだくれ」「頭のいかれたやつ」etc.なのですが、これはあまり日本も北アイルランドも変わらないかもなあと思いましたが…。公共図書館はすべての人に開かれた場であるはずなのですが、なぜ、どこも「それ以外の人」はほとんど、あるいはまったく来ないんでしょうね?

とは言え、本書では、返す刀で「図書館は、知識や自己認識を得ようとする人間のすばらしさをすべて体現したものだ。」とイスラエルのモノローグにあるように、著者の図書館に対する複雑な感情がないまぜになった愛情も感じることができます。
いまいち笑えない、無駄にくどいジョークをおくと、延滞本を集めてまわる過程で、例えばIRAの残した悲劇など、北アイルランドの人々の抱える問題や人生の悲喜こもごもなどがだんだんと見えて来るという別の興味深さもわいてきます。

そんなこんなでいろいろと痛がゆかった本書ですが、まだ続くようです。
おばちゃんの笑い声が入るようなコメディドラマとして映像化すると、そこそこ見られるかもしれないなあと思いました。

あ、一カ所だけかけよって握手を求めたくなった箇所がありました。
『ハリー・ポッターと謎のプリンス』についての見解はみごとに一致しましたよサンソムさん。


*追記*
訳注もくどいのが少し気になりました。
創元推理文庫の海外ミステリを読もうかという人に、シャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロに訳注が必要な人ってどれくらいいるのでしょうか。
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by n_umigame | 2010-03-17 20:40 | ミステリ | Trackback | Comments(2)
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Commented by Yuseum at 2010-03-23 23:24 x
なるほど、これですかw
創元推理文庫も、最近はちょっと分厚くなると1000円軽く超えちゃいますから、怖い怖い(;゜0゜)
訳注は確かにくどそうですね。
Commented by n_umigame at 2010-03-23 23:34
お値段のわりにな読後感だったのでぐちってみました…
(ー_ーゞ…スミマセン。
そうなんですよね、早川さんもキケンだわと思っていましたが、創元ほどの地雷っぷりではないと言いますか。うっかり創元推理文庫で海外ミステリ上下巻なんて買うと、2000円超えたりしますものね。
訳注はくどかったです…。
この本だけでなく、最近海外ミステリの訳注はくどいものが多い気がします。あれは訳者さんがうんちく垂れなのか(失礼)、編集者がおせっかいのいらんことしいなのか(失礼)どちらなのでしょうね。