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『マギンティ夫人は死んだ』アガサ・クリスティー著/田村隆一訳(クリスティー文庫)(早川書房)

ポアロの旧友スペンス警視は、マギンティ夫人を撲殺した容疑で間借人の男を逮捕した。服についた夫人の血という動かしがたい証拠で死刑も確定した。だが事件の顛末に納得のいかない警視はポアロに再調査を要請する。未発見の凶器と手がかりを求め、現場に急行するポアロ。だが、死刑執行の時は刻々と迫っていた。(Amazon.jp)


ポワロものなのですが、まったりゆっくりと物語が進みます。
舞台がロンドンなどではなく、地方だからということもあるかもしれません。

ヘイスティングズ、バトル警視、そしてオリヴァー夫人など、ポワロシリーズ、あるいはクリスティーのファンにとっては馴染みのキャラクターの名前がぽろぽろと出てくるので楽しいです。が、すでに回顧する立場で語られているのがちょっと悲しい。

クリスティーの分身とも言うべきオリヴァー夫人が登場することで、作家クリスティーの本音がかいま見えて楽しい作品でもあります。
「まちがいを見つけるのが愉しみで、小説を読む人がいるんだわと、わたし、よく思ったわ。」

とか、自分の作品が舞台化されることになり自分のキャラクターが意味もなく改変されることに対して、
「まるで悪夢だわ! バトル警視に大げさな黒い口髭をつけられて、こいつがおまえなんだと言われたらどんな気持ちがして?」
と不満をぶちまけたり。
中でも、自分の創造したフィンランド人の探偵スベン・ヤンセンに対する思いを吐き出すシーンは最高でした。(笑)
「わたしの知ったことじゃありませんよ」とオリヴァ夫人は意地悪そうに言った。「どうしてそんな嫌味ったらしい男をわたしが考え出したか、わたしだってわかるものですか。(中略)ね、なにかを書くとするわね、するとなかなか評判がいいらしい、いい気になってじゃんじゃん書きとばす---気がついたときには、考えても不愉快になるような、スベン・ヤンセンという作中人物が、わたしにつきまとって、一生離れなくなってしまっているのよ。おまけに世間の人ときたら、作者のこのわたしは、スベン・ヤンセンがお気に入りなのだと書いたり話したりするわ。スベン・ヤンセンが好きですって?とんでもない、こんなやせっぽちのベジタリアンのフィンランド人に、実際に会ったら、わたしがいままで書いて来たどんな殺人方法より、ずっとましな方法でかたづけてやるから」


わたくしはアガサ・クリスティーのこういうところが大好きです(笑)。
そして言うだけでなく実際に行動に移されるところがもっと好きです。
自分の創造したキャラクターに恋をしてしまう作家もいますが、正直なところ読者として気持ちが悪いときがあります。
それが生みの親としての愛情ならばいいのですが、対象に対して自分を投影しすぎなんじゃないかといった場合も同様です。

こういう作中世界に対する距離の取り方やクールさが、クリスティーが全世界で長年愛されてきた所以でもあるのではないかと思います。
また、物語は一見メロドラマなのですが、人間に対する透徹した目を持っているというところもそうなんでしょうね。この作品では、
「彼女のお母さんのせいよ」とモーリンが言った。「親のなかには、子どもをむしばむ人がいますもの」
とかですね。
親は親というだけで有り難がりなさい、というような考え方が支配的な社会、あるいは個人では、1952年にこんなことは言えませんよね。

現代では日々のニュースを引き合いに出すまでもなく、これが事実であることは誰もが知っていることですが、60年前の日本でこんなことを言ったらきっと村八分だったでしょう。

ミステリとしては、ミス・ディレクションの名手クリスティーらしい作品だったと言えると思います。
が、クリスティーの作品をだいたい読んできてしまった身としては、「あーやっぱりね」というオチでした。すれっからしですみません。
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by n_umigame | 2010-08-03 20:11 | ミステリ | Trackback | Comments(4)
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Commented at 2010-08-06 21:45
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by n_umigame at 2010-08-06 21:48
>カモ子さま
原作のミス・ディレクションがモロバレになってしまう部分を含むため、鍵コメとして再投稿させていただきました。
いきなりコメントをクリックしてしまうかたもいらっしゃるので、ご注意くださいませm(_ _)m
Commented by カモ子 at 2010-08-10 10:34 x
すみません。消去して下さいませ。海より深く反省致します。
Commented by n_umigame at 2010-08-11 22:08
いえいえ。こちらの方こそ申し訳ありません。
わたくし個人は犯人を知っているミステリでも物語の巧みさや登場人物や会話などが良いと十分楽しめるのですが、ミステリのネタバレをする人には殺意を覚えるという物騒な人もいらっしゃいますので(^^)。そんなくだらないことで人生終わるのもばかばかしいので念のためでございます。