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『吸血鬼ドラキュラ』ブラム・ストーカー著/平井呈一訳(創元推理文庫)東京創元社

トランシルヴァニアの山中、星明かりを封じた暗雲をいただいて黒々と聳える荒れ果てた城。その城の主ドラキュラ伯爵こそは、昼は眠り夜は目覚め、狼やコウモリに姿を変じ、人々の生き血を求めて闇を徘徊する吸血鬼であった。ヨーロッパの辺境から帝都ロンドンへ、不死者と人間の果てしのない闘いが始まろうとしている…時代を越えて読み継がれる吸血鬼小説。(Amazon.jp)


1897年に発表された、元祖吸血鬼ドラキュラ。
何度目かの再読です。『カーデュラ探偵社』を読んだので、また引っぱり出してきました。

いやー、何回読んでもおもしろいです。ヴァン・ヘルシングが出てくるところまでは(笑)。

19世紀末に流行したという複数の手記で物語を綴るという手法を採っているのですが、これは物語に「もしかして実話なのではないか」というリアリティを持たせるためだったそうです。

この作品の良いところ、それはなにをおいても、平井呈一さんの訳です。
初めて読んだときから、名調子の古典落語の怪談を聞いているような気持ちよさを感じておりましたが、語彙の豊かさもあいまって再読してもいいなあと思うところは同じ。

ジョナサン・ハーカーがペンシルヴァニアのドラキュラ伯爵の領地へ赴く際に交わされる会話で、
「ヘン、旦那が寝なさるまえに、うっかりすると一件がでるかもしんねえよ」
という御者のセリフや、迎えの馬車の御者(実はドラキュラ)のセリフ
「おい、今夜はまた、豪儀と早いな」
とか、原文はどうなってるんだと思わず原書を買ったですよ。

その直後、「きさま、その旦那を、じつはこのままブコヴィナまでお連れしたかったんだろう。その手は食わんぞ。こっちはなにもかも見通しじゃ。おれの馬は早いわえ」、そして
「死びとは旅が早いもの」
ここで物語の中にがっと巻き込まれます。

で、この迎えの馬車の御者を始め、ドラキュラ城には召使いがおらず、ハーカーの食事や寝床の支度を全部ドラキュラ伯爵が自分でやっているらしいというシーンがあり、想像したら「なんてかいがいしい」と笑けてしまうところもすごくいいです。
人間が一丸となって打ち倒すべき敵として描かれているにも関わらず、その後映像化やパロディなどさまざまに裾野を広げた作品では、ほとんどもれなくドラキュラが主人公になっており、あまつさえドラキュラに同情的な視点で描かれたものも少なくありません。
フランケンシュタインの「怪物」のようにある男の肥大したエゴから生まれた、そもそもの存在が悲しい人外のものであれば同情も理解できるのですが、原作のドラキュラはほとんど疫病扱いされているにも関わらずいろいろ考えるとかわいそうな、けれどもちょっぴり笑えてしまうところが愛される理由なのかも知れません。

デメテル号の船長の手記の部分も秀逸ですね。ホラーのお手本のようです。
1930年代にオーソン・ウェルズが放送したラジオドラマ『火星人襲来』があまりに迫真の演技だったためパニックになったという話がありますが、この『吸血鬼ドラキュラ』も当時リアルタイムで大衆に流すメディアがあったら実話としてロンドンはパニックになったのではないかと思います。

また、19世紀末であるにもかかわらず…逆に19世紀末だからこそ、かもしれませんが、この行間からあふれ出るエロスはなにごとかと思います。
極端に抑圧されていた分、反動もあったのかもしれませんが、かといってこれを直截な映像にしてしまうと興ざめすることはなはだしいと思われます。

「ドラキュラとは何か」というさまざまな解釈があるようですが、多彩な解釈を求めたくなるのもドラキュラが愛される理由でもあるのでしょうね。
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by n_umigame | 2010-11-01 18:06 | | Trackback | Comments(0)

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