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『夜明けの睡魔 : 海外ミステリの新しい波』瀬戸川猛資著(創元ライブラリ)東京創元社

様々なタイプの作品が陸続と出現し、昔の単純なジャンル区分では捌ききれなくなってきた現代ミステリ。“パラダイムの転換”は推理小説の世界でも着実に進行しつつあるのだ。こういう混沌とした状況のなかで、本当に面白い作品を、独特の語り口で紹介しようと試みた俊英・瀬戸川猛資の代表的著作が、装いも新たに甦る。解説・法月綸太郎(Amazon.jp)


YuseumさんとTwitterでやりとりしていて、無性に読みたくなって引っぱり出しました。(この本はいつもすぐ手に取れる場所に置いてあります!)

この本はエラリイ・クイーンにハマったばかりのころ、何か指標になる書評本を探していて出会った本で、今でも宝物です。
”自分にとって参考になる”書評を探すのって難しいですよね。
書評をご専門にされている方だと、おそらく浮き世の義理で言いたいことが言えないこともあるだろうし(笑)、反対に心にもないことを言わざるを得ないこともあるでしょう。かといってあまりにも主観的な書評だとそれはそれで参考にならない。例えば、エラリイ・クイーンのファンでエラリイに女性キャラがからむとそれだけで”作品の”評価を下げる乙女たちの意見はあまり参考になりません(笑)。かといって萌えでミステリを読まない男性の書評が参考になるかというと、そういうわけでもないところが難しいのであります(笑)。

瀬戸川さんのこの本を読んでいて、なぜとても気持ち良いと感じるのかを考えたのですが、おそらく、まずはやはり公平であること。
ご自分の感性に正直であるところ、つまり既存の権威や評価に迎合しないところ。
従って、ものの見方がユニークであること。
ユーモアがあること。(これ大事。)
ユーモアがある、ということは何かを笑い飛ばせる余裕と客観性があるということです。
そして、ものの見方が優しいということです。

「ものの見方の優しさ」と「公平さ」は、例えば、A.A.ミルンの『赤い館の秘密』の評に良く表れていると思います。ミステリとしての評価は先人の評の通り(チャンドラー始めこれがコテンパン(笑))だけれども自分はこの作品が好きだ、なぜならミルンが自分の愛する父親のためだけに書かれた作品だからといった主旨の評なのですが、その裏付けにきちんとミルンの自伝『ぼくたちは幸福だった』も読んでらっしゃいます。
児童文学の研究者でもないのにミルンの自伝を読んでいるというのがすごいなと。(ミステリファンなら基本図書です、だったらすみません…)

「ユーモア」と「公平さ」はヴァン・ダイン評。これ最初に読んだときは大爆笑しました。
爆笑したということは自分も共感したということなのでしょうが、「ファイロ・ヴァンスとかいう、キザが洋服を着て歩いているみたいな気持ち悪い探偵」の部分などは腹抱えて笑いました。もう、まったくそのとおりです(笑)。
しかも探偵としては、「東西防御率の悪い探偵」の西の横綱に輝いたという実績もあるほどで、何人も死んで容疑者の数が2択くらいになってから犯人を指摘するという。(瀬戸川さんは触れてらっしゃいませんが、本筋と関係のない蘊蓄で煙に巻くのも得意で、「ヴァンスが開陳する蘊蓄のほとんどはまちがっている」とどこかで読んだ記憶があります(笑)。意地悪だけど誰かヴァンスの蘊蓄を逐一検証した方とかいらっしゃらないのでしょうか)
返す刀で、それでも「ヴァン・ダインは二十世紀ミステリ界のリードオフマンとして高く評価されるべきである。」として、その理由を述べていらっしゃいます。そしてこれにも納得なのです。

「自分の感性に正直」はエラリイ・クイーンの『Yの悲劇』評です。読み比べてみたとき『Y』より『X』のがおもしろいじゃん、と思ったのですが、なぜこんなに猫も杓子もビバ!『Yの悲劇』!みたいなことになったのかというと、乱歩が好きだったからだと。乱歩に対しても、公平な評をする人だけれども自分の好き嫌いをはっきり述べる人でもある、と率直です。

そして、英国やアメリカのミステリが読後「ああ楽しかった」と思えるのは、「殺人という陰惨な題材だからこそ」読者を楽しませようとするエンタテインメント精神だ、と述べておられます。
日本と英米でのミステリの読まれ方について述べられた部分にも通じるのですが、「日本独特のミステリ読書風土」、「生まじめさと暗さ。トリック嗜好と深刻趣味。気むずかしい顔でミステリを読み、眉根を寄せて『うーむ、トリックが弱い』と呟いている読者のイメージを思い浮かべてしまう。」けれども、ミステリとはもっと愉快な読み方で良いのではないですか? と投げかけておられます。
これは心底同意いたします。
わたくしは日本のミステリにはあまり手が出ないのですが、その理由が、まさに瀬戸川さんがおっしゃっているような理由で、暗くて湿っぽく、またそのミステリ作家さんたちが海外のミステリについての解釈があまりにもしゃちこばっていて堅苦しい、あるいは自論に対して牽強付会と感じたからでした。
日本ほどいわゆる「本格ミステリ」が好まれ、今も読まれている国もめずらしいそうですが(おかげでクイーンの原書を集めるのに苦労しました…アメリカ本国でペーパーバック新刊で売ってないんだもん…)、英米の本格ミステリからスタイルだけを学んで精神を学ばなかったのではないかと思うことが、ときどきありました。

そんな時に瀬戸川さんのこの著書を読んで、この自由で風通しの良いミステリ評に胸がすくような思いをしたのでした。

実は『ホッグ連続殺人』の感想は瀬戸川さんとは違うのですが(笑)、それでもわたくしはこの著書の大ファンであります。

で、なんですか。
この名著が2011年3月28日現在、品切れですと?
東京創元社さん、今震災の影響で、紙やインクが新刊優先に回されていることは知っております。が、落ち着いた頃でもいいので、ぜひぜひ再刊をお願いいたします!
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by n_umigame | 2011-03-28 20:38 | ミステリ | Trackback | Comments(4)
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Commented by まりお at 2011-03-30 22:56 x
私も引っぱり出しました! (早川版。東京創元社からになっているとは。)
面白い!ですよね。「ホッグ」や「黒後家蜘蛛の会」などの名作の数々が、自由で爽やかな語り口によって魅力倍増。もっと長生きしてほしかった。

「本誌の読者には、空想的な異常な物語を愛する人が多い。人生というものをあまり深刻に考えない人が多い。」(『日本核武装計画』)…にせみさん、私たちってそうだったんですか?
Commented by n_umigame at 2011-04-02 17:56
>まりお さま
以前は早川さんから出ていたんですね~。もっとこの方の著書が読みたかったです。本当に残念です。

後半のお尋ねに関しては、えええと、こと自分に関しては否定できないところが何ともかんともニンニンでござるですが、いや!この嗜好は時には役に立ちますよ!
やけに会議が長い、ブレストが雑談になり話題についていけなくなった、上司の説教が無駄に長い、人身事故で電車が止まって中に閉じこめられた、そんなときこんなとき、「あの話ヘンだったなー」と一から思い出して時間をつぶせるので重宝です。
Commented by Yuseum at 2011-04-03 19:23 x
なんと、これも品切れですか!?
確か、「夜明けの睡魔」ってハヤカワミステリマガジンで連載されていたんですよ。
・・・い、いや、Yuseumはその時代を知りませんよ(^^ゞ
Commented by n_umigame at 2011-04-04 19:28
>Yuesumさま
あー、ミステリマガジンで連載されていたんですね。
なるほど。
これも再刊してほしいですね…。