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『レディ・ジョーカー』上中下 高村薫著(新潮文庫)新潮社

誘拐。巨大ビール会社社長が連れ去られた。合田警部補の眼前に広がる冥き迷宮。伝説の長篇、ついに改稿文庫化! 全3巻。

空虚な日常、目を凝らせど見えぬ未来。五人の男は競馬場へと吹き寄せられた。未曾有の犯罪の前奏曲が響く――。その夜、合田警部補は日之出ビール社長・城山の誘拐を知る。彼の一報により、警視庁という名の冷たい機械が動き始めた。事件に昏い興奮を覚えた新聞記者たち。巨大企業は闇に浸食されているのだ。ジャンルを超え屹立する、唯一無二の長篇小説。毎日出版文化賞受賞作。
(出版社HP 上巻より)


文庫が出てすぐに購入したのですが、読むのが今になってしまいました。
そればかりか上巻を読んでからだいぶん間が空いてしまったのですが、中・下巻はノンストップで一気読みでした。はあああ~。

今さらわたくしが申し上げるまでもなく、緻密にして重厚、硬質で、一見冷たい印象を受けてしまうものの、マグマのように底流する情熱を感じる高村薫さんの文章を読んでいると、だんだんその旋律のような文章自体に酔ってしまうというか急性中毒になるというか、もう内容どーでもいいよ的な心境に陥りそうになります。
ところがまた内容が目をそらせないというか、心臓をわしづかみにして放さないため、ものすごく体力を使って読書しているわーという実感がこれまた中毒になります。

不遜なことを申し上げると、日本のエンタメ小説の中で、高村薫さんは文章が安心して読める数少ない作家さんの一人であります。(平素ほとんど翻訳ものしか読まないくせに何言ってんだて話ですが)
それは敬語が正しく使えているかとか、日本社会の中で社会人として振る舞いが自然とか、とても小さいことなのですが、それができていないと気持ちが悪いものは気持ちが悪いのであります。
また、人名の付け方がとても自然で、姓と名がぴたっと来ます。これも読んでいてすっとしみてくる一因かと思われます。(わざと奇天烈な名前をつけている作家さんもいらっしゃるでしょうが、そういう作家さんの作品では、それを狙ったわけではないと思われる登場人物の名前も、どこか座りが悪い印象を受けることが多いです)
ぱっと開いて白っぽい部分が少ない、つまり会話で進行する部分や改行が少ないということですが、しかも登場人物の内省がこれでもかこれでもかと繰り返し続くにも関わらず、すっとしみてくるというのは、すごいことだと思います。

あと、高村作品を読んでいるとそこはかとなくル=グウィンさんを思い出します。
この端正で、それでいて秘めた情熱を感じる文章もですが、自然に同性愛的な要素が出てくるところとかですね(笑)。


作品自体の感想は、もうすばらしい書評や感想にあふれているのでそこに特に付け加えて申し上げることもありませんが、シェイクスピア悲劇のような、「晴れ晴れとした悲劇」とでも言うのでしょうか。
そして群像劇でもあるのですが、一人一人の登場人物が非常に際立っていて、誰を自分にとっての主人公にしても感情移入できるかと思います。

警察小説が好きなので下巻のクライマックスはとてもおもしろかったのですが、いやー、ほんとに、合田さんはなにやってんですか(笑)。
半田にヘンタイ呼ばわりされていますが、しかたないですよね、もう、これ。
41通ですよ41通。
半田と合田の関係もヘンタイですが(おいおい)、一気に乙女な展開になった合田と加納の関係も、高村先生、確信犯だったんですね…と諦観の面もちになりました。

あと小さなボタンの掛け違えから…としか思えない、城山の人生の下り坂もいたたまれないものがありました。

みんな、それぞれのやりかたで誠実に生きようとしているだけなのに、なぜ…? というやりきれなさと、それでいて晴れ晴れとしたラストシーン。
至福の読書でありました。

しかし一気に体力使い果たしたので(笑)しばらく高村薫さんはお休みでお願いします。
by n_umigame | 2011-06-21 20:48 | ミステリ