*さいはての西*

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『第9地区』(2009)

南アフリカ・ヨハネスブルグ上空に突如現れた巨大な宇宙船。船内の宇宙人たちは船の故障によって弱り果て、難民と化していた。南アフリカ政府は“第9地区”に仮設住宅を作り、彼らを住まわせることにする。28年後、“第9地区”はスラム化していた。超国家機関MNUはエイリアンの強制移住を決定。現場責任者ヴィカスを派遣、彼はエイリアンたちに立ち退きの通達をして回ることになるのだが…。
(goo映画)


B級テイストが炸裂するおバカ映画と切って捨てるには、あまりにも、あまりにも重いものを内包した作品でした。
110分程度というそう長くはない尺をドキュメンタリー形式で物語を進めていくのでさらっと見られるのですが、正直なところイントロがちょっぴりもたつくのと、けっこうグロテスクで画面を乗り越えて血とかナントカとかの臭いが臭ってきそうな描写が「ひー、もう勘弁してえ」と思いました。途中何度も目をそむけてしまったので、そんな感想です。
あと、配給がギャガです。うむ。

以下、ネタバレありますのでご注意を。(エンディングまで触れています)















これまでのエイリアン映画との違いは、「エイリアンが難民である」という点でしょうか。
もしかしたら通例通り(?)地球に侵略してくるつもりだったのかもしれませんが、何らかの理由で指揮官を失って烏合の衆と化したエイリアンたちは、巨大な宇宙船の中で非衛生的な状態と飢えから衰弱して発見されます。
本来は人道的(?)な立場から保護すべき存在だったはずのエイリアンたちは、人間から見て虫っぽい外見と、いまひとつ知性の感じられない行動から、人間たちからさげすまれ、差別の対象として一区画に追いやられて隔離されてしまいます。
この隔離政策…つまりアパルトヘイトは、エイリアンが発見されてから20年以上続いていて、現在は<第9地区>と呼ばれています。
<第9地区>がスラム化し、周辺住民との軋轢が制御不能となってから、さらに環境の悪い<第10地区>--ヴィカス曰く、もっと狭くて強制収容所並み--へ移住させようとするところからお話は始まります。

宇宙船が止まってしまった場所が、よりにもよって南アフリカのヨハネスブルク上空だったという設定自体が、どんなにうっかりした人でも、もうすでにメッセージとして読みとってしまうでしょう。
これは黒人差別の問題だけでなくユダヤ人差別も思い浮かべるのは、アパルトヘイトから強制収容所へ、という展開にもあるかもしれません。
「エイリアンお断り」とそこかしこに張り紙された商店は、人間の差別の歴史の醜悪なパロディでもあります。(1960年代のイギリスが舞台の『ジョージ・ジェントリー』でも<有色人種、アイリッシュ、犬お断り>という張り紙が下宿屋にありました)

これだけですと差別反対という非常にメッセージ性の高いアーティスティックな作品なのかと思われるかもしれませんが、そんなことはまったくなく(笑)、間違いなくカンヌ映画祭などの真逆の路線を行く、どこまでいってもB級テイストにあふれた映画です。
だって製作はピーター・ジャクソンですし。

差別的な張り紙や非人道的な人体実験など、歴史上…あるいは現在も人間が人間に対して行ったありとあらゆる差別的行為の博覧会みたいな描写が続きますが、(人道的な人体実験なんかあるのかと問われそうですが、病気になって病院に行く患者は大なり小なり全員モルモットだと思っております(笑)。)わたくしが一番「差別ってこういうことだよな」と感じたのは、ヴィカスがクリストファー・ジョンソン(エイリアン)の息子にキャンディをあげようとして、投げ返されてキレるシーン。
自分は犬にでもやるように食べ物を地面に投げてよこしたくせに、同じことをされたら過剰に怒るわけです。
これは相手が自分と対等だと思っていない、ということを端的に示したすごい演出だなあと思いました。
それに相手はまったく文化の違う字義通り異星人で、しかも子どもなわけで、キャンディが食べ物だとわからなかったかもしれないし、投げてよこされたのでそういう遊びかと思って投げて返しただけかもしれないのに。(子どもは大人の真似っこをするのが大好きですよね。)
そもそもクリストファー・ジョンソンという名前はいかにも白人英語圏の人間がつけましたみたいな名前です。

そんなこんなのドラマがB級ぐちゃぐちゃねばどろな画像で繰り広げられるのですが、主人公と思われるヴィカス。こいつが非常にうざいキャラとして描かれています(笑)。
小心者で身勝手で卑怯で逆玉でと、ええとこなしのやつなのですが(最後のは関係ないぞ)、謎の液体を誤って浴びてだんだんエイリアンになっていく過程で、少しずつエイリアンに…というよりクリストファー・ジョンソンに歩み寄って行きます。
結局差別は、される側にならないとその気持ちはわからない、ということなのでしょう。

ラストの鉄くずで作った花を持つ、左腕に包帯をしたエイリアンはおそらくヴィカスなのでしょう。
何となくハッピーエンドみたいな錯覚で終わるのですが、結局物語の始まる前と終わったあとで、問題は何も解決していません。
ただ、救いと言えるのは、エイリアンの…差別される側の気持ちが文字通り身をもって理解できる人間が一人生まれました、ということと、こんなヴィカスがいつか帰ってくると心のどこかで信じている奥さんの存在なのだろうと思います。
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by n_umigame | 2011-09-10 18:05 | 映画・海外ドラマ | Trackback | Comments(0)
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