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『ブラッド・ブラザー』ジャック・カーリイ著/三角和代訳(文春文庫)文藝春秋

きわめて知的で魅力的な青年ジェレミー。僕の兄にして連続殺人犯。彼が施設を脱走してニューヨークに潜伏、殺人を犯したという。連続する惨殺事件。ジェレミーがひそかに進行させる犯罪計画の真の目的とは? 強烈なサスペンスに巧妙な騙しと細密な伏線を仕込んだ才人カーリイの最高傑作。ラスト1ページまで真相はわからない。
(出版社HP)


シリーズもののようですが、初めて読む作家さんです。Twitterで盛り上がっていたので読んでみました。

噂に違わず、とてもおもしろかったです。
伏線の張り巡らせ方、回収の仕方、ユーモアのある会話、巧みなストーリーテリング、文字通りのどんでん返し、読後の爽快感。たいへんな完成度で、どれを取っても文句のつけようがありません。

ただ…自分がふだん文春文庫や新潮文庫のミステリを、読めばきっとおもしろいとわかっているのに手を出さないのは、やはり猟奇的な描写が多く、読んでいて気持ちのいいものではないから…という部分もあります。
物語の中の殺人は記号であって現実ではないということは重々わかっているのですが、それでもここまでの描写が必要なのだろうかと思うこともままあります。
ミステリを読むときについつい古典に手を出しがちなのは、もちろんそこにも残酷な描写はあり、時代特有の嫌悪を感じる部分…人種差別であったり、性差別であったり、人命軽視であったりという部分はあるものの、<殺人>の描写にある程度の節度があるものが多く、「記号である殺人」であるならこれで十分だと思ってしまうからかもしれません。

また古典ミステリの中でも、いくつか作品を数を重ねて読んでいくうちに、歴史的事実と作家の見識は別物だということがわかってきました。
つまり、「当時はそういう時代だった」ということと、「だから同時代を生きた作家もそれを良しとしたか」は別物だということです。当たり前なんですけど、「今はこういう時代だ」ということと「だからそれを良しとするか」ということは別物ですものね。
殺人の描写や人間のドラマには、節度があるからこそかえってあふれ出る恐怖や、色気といったものももちろんあります。

言い換えれば、現代では猟奇的な殺人が「現実にある」ということと、繰り返し語らなければエンタメとしておもしろい作品にならないのかということは、別物ではないかと思うのです。

たまたまこの『ブラッド・ブラザー』の感想を述べるべきところでこんな感想になってしまいましたが、特にこの作品だけがどうというわけではありませんので、それはご了承ください。
グロ描写しかないようなスカスカの作品では決してありません。
猟奇的殺人を良しとしているわけでも、もちろんありません。念のため。
こんなにおもしろいのに、やっぱりこういうシーンがなければ今の読者には受け入れられないの? 売れないの? というのがちょっぴり悲しかったのだろうと思います。
主人公の相棒のハリー・ノーチラスがいいですねえ。しかしノーチラスってすごい名前だな。

以下は作品の感想から離れます。



「ミステリというとまず古典を読め、みたいな雰囲気、おかしいだろう」というご意見には心から同意する一方で、古典が古典として読みつがれてきたのにはそれなりにやはり理由があると思います。
だって、純粋におもしろいですもん。今読んでも。
古ければ何でも残っているわけではないことを見ても、それは明らかだと思います。
新しい作品も、読者の目を引くために刺激の強い描写を使っているのならば、そこは控えめにしてもエンタテインメントとしておもしろいはずだから、エログロ控えめでもおもしろい、という勝負をして欲しい。
目新しいものを次々買わせる方が、消費戦略としては正しい。
けど、どんどん新しいものに目移りする読者は、もしかしたら別に本でなくてもいいのかもしれない。
ミステリーでなくてもいいのかもしれない。
そういう意味ではあまり頼りになる購買層とは思えません。
また、謎解きのエンタテインメントを読みたいのだから、何も食事中には決して読めないような本を、しかもお金を出して買わなくてもいいという読者は一定数いると思います。

…なんていう考え方の人間が少ないんだろうなあ…とほ。
現状を見ていると、古いものはどんどん絶版になり(再刊されたり新訳が出たりすることもありますが)、最大瞬間風速的に一世を風靡しては消えていく作品が、翻訳ミステリには多いように思います。東京創元社や早川書房のような元々ミステリやSFに力を入れていた出版社以外は、当たり前かもしませんが「売れないものは切る」という見切りが早いように思います。(東京創元社や早川書房はどうして切れないのかしら…ありがたや。いや、切れてるのもあるけど。)
文春文庫で言うとジェイムズ・エルロイの『L.A.コンフィデンシャル』が、今Amazonで新刊で入手できません。これは1997年発行で新しいとは言えませんが、古典とも言えません。(と思っていたのですが、すでに古典だろ!だったらすみません)
こういう状況を見ていると、短期的に一定数の底上げに一役買っていることは間違いないものの、「新しい」方にばかり肩入れするのも危険なのではないだろうかと思います。

だらだらとらちもないことを書いてしまいましたが、翻訳ミステリ、おもしろいのにねえ。
どうして売れないんだろう。
悲しくなっちゃいますね…。わたくしなんぞ、翻訳ミステリばっかり買うから日本のミステリを買う余裕も読む時間もないくらいなのに。(それもどうか)
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by n_umigame | 2011-10-03 18:04 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
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