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『盤面の敵』 エラリイ・クイーン著/青田勝訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)早川書房

四つの奇怪な城と庭園から成るヨーク館で発生した残虐な殺人----富豪の莫大な遺産の相続権をもつ甥のロバートが、花崗岩のブロックで殺害されたのだ。エラリイは父親から事件の詳細を聞くや、俄然気負いたった。殺人の方法も奇抜ではあるが、以前からヨーク館には犯人からとおぼしき奇妙なカードが送られてきていたのだ。果たして犯人の真の目的は? 狡智にたけた犯人からの挑戦を敢然と受けて立つクイーン父子の活躍!
(カバー裏)


好きなんです、この作品。
初めて読んだときは、「作家クイーンさんたち、やっちまったな…」と呆然としましたが、2度目以降は何度読んでもおもしろくて笑いが止まりません。(そういう「おもしろい」かい。)
あまりに何度も読んだので、背が割れ、おまけに付箋を貼りすぎて邪魔っけで読みにくいったらありゃしません。(取れよ、付箋。)
おかげさまで、このたび複本を買う運びとなりました。
何かが間違っているような気がしますが、きっと全部間違ってます。でも気にしない。

この『盤面の敵』は、SF作家のシアドア・スタージョンの代作ということでおおむね通っているようです。リーとダネイの役割分担や分筆についてはついに明かされることはなかったので、代作に至ってはさらに公にされることはなかったようです。
ただスタージョンのファンサイトなどでもこの作品はスタージョンの作品ということになっていますし、後知恵ですが、スタージョンの作品を読んでから『盤面の敵』を読むと、これはスタージョンの文章であろうと感じられます。

作家クイーンは『最後の一撃』までを一区切りとして、クイーン父子の登場する作品は終わる予定だったようで、『盤面の敵』以降はカーテンコール的作品群と思って読む方がいいと思われます。

以下、ネタバレにつきもぐります。
トリックなども割っておりますので、ご注意ください。









この作品は、後年アメリカで大流行した「サイコパスによる連続殺人」のハシリではないでしょうか。発表されたのは1963年。クイーンの作品で言うと1949年に発表された『九尾の猫』もそれに当たると思いますが、『盤面の敵』は二重人格(多重人格)者による殺人という点が、現代的です。はやりましたよね、多重人格もの。
ですので、今読むとすでに手垢がつきまくった印象がするのですが、いやもうそのあたりはいいじゃありませんか?

この作品の楽しいところ、それはやはりエラリイとクイーン警視の漫才やりとりでしょう。
+ヴェリーとかクイーン警視の部下の刑事たちとのやりとりが微笑ましくて笑いが止まりませんよ。
自分がそうなのでよくわかるのですが、二次創作やリメイクなど、ファンが書(描)くと、どうしても原典に対して過剰になりがちです。(最近はBBCの『SHERLOCK』を見ていても思ったのですが、原典を愛しているがゆえに「ちょっと」行き過ぎる。)
この「ちょっと」行き過ぎるところが読んでいて(あるいは見ていて)、「ああ、あふれくる愛ゆえね…v」と微笑ましいのですが。

クイーン父子が登場する冒頭シーンから笑かしてくれますが、エラリイはネタが出ずミステリ作家として行き詰まりを感じていて、自分の書斎でだれーんとなっているところへクイーンパパが帰ってくる。

 ニューヨーク警察本部のリチャード・クイーン警視が、もうほとほとやりきれないと思う時がまたやってきた----身体中がいっぱいになって、のどのところまでこみあげてきている。
 (中略)
 老人は、ガッカリという音が聞こえそうなほどの失望を感じた。


このビジュアルに訴えてくるような、ちょっとマンガっぽい描写がいいですよねー。

で、
「気ぬけしたようにながながとのびているひょろ長い姿をじっと見下ろした-----それは昨日と同じようにだらりとして活気がなかった。その前の日も、また前の週からもずっと同じように元気がなく、おそらく明日もやはり同じ調子でだらけていることだろう。」

というわけで、エラリイだれだれです。エラリイの書斎は平素からあきれかえるくらいとっ散らかっているのですが、室内はタバコの煙でもうもう。
何日もそうしているエラリイをパパは心配しているのですが、空気読めない/パパに甘えているエラリイは何の気なしに、かったるそうに「今日は何かありましたか?」と聞きます。
クイーン警視の一日はNY市警の一日なので「何もない」わけはないのですが(この日のクイーン警視の「何もなかった」ハード・デイについてもたいへんユーモラスに書かれています)、あえて「(エラリイが興味を持ちそうなことは)何もなかった」と答えます。それに対してエラリイが言ったことで「身体中にいっぱいになって」いたものがあふれ出てしまいます。

「(前略)おまえは----ここからさっさと出て行け!」
「なんだって?」エラリイが、おずおずしていった。
「出て行け! どこかへ行って、なんとかしろ! おまえは小説家だというのか? よーし! 生きた人間がやりそうなことを想像してみろ(後略)」


テキストでは
"I --- want ---you --- the hell out of here!"
"What?" Ellery said feebly.
"Get out! Go somewhere, do something! You say you're a writer? Okay! Imagine something a living human being would do"

となっています。
リズム感が良くて楽しいですよね。
この『盤面の敵』は朗読テープを持っているのですが、この場面は聞いていてうきうきします。(笑)残念なのは今はもうカセットデッキがないので聞けないということです(泣)。買ったの今から7年前くらいなんですけど…いいかげんデジタル音源にしてしまわないとなー。

そしてこの続き。またある晩、帰宅したクイーン警視をだれだれエラリイが迎えます。
この晩は、タイトルにもなっている「盤の向こう側にいる相手」についてエラリイが触れ、なぜ自分が書けなくなったかというともう自分は時代遅れの用なしになったせいだ。もう事件については書かない。だから、自分のもお父さんのも誰の事件も受けません。と言ったあと、クイーン警視はそれを聞いて
"Too bad."
と言ってしまいます。
このときは、このクイーン警視のセリフをエラリイが聞きとがめます。

 やがて彼が顔をあげると、うさん臭そうにじっと彼を見つめている父親と目が合った。(略)
エラリイは、ちょっと唇を噛んでいたが、「お父さん」
「うん?」
「なんです?」
「なにがなんだって?」
エラリイは爆発した。(略)
 どういうわけか、二人とも同時に笑いだした。二人の笑いは長くなかったが、それでもう充分だった。その笑いがでてきた源は、言葉ではとても到達できないのだ。
 警視は、痩せた身体をひねって、脇のポケットに手をつっこんだ。「この前の晩に、ある男が惨死をとげた。(略)」


"Dad."
"Hmm?"
"What is it?"
"What is what?"

というわけで、父子コンビの活躍が始まります。

また、もともとエラリイは「泣く」探偵ですが、今作品でも間違った人を犯人として自殺においやりかけて、ぼろぼろ泣いてしまいます。ここのクイーン警視とのやりとりも大好きなシーンです。
『盤面の敵』から再スタート的な意味合いもあったのか、クイーン警視が比較的たくさん登場するのもうれしいのですが、エラリイが聞き込みに行ったらそこではクイーンパパの方がモテモテで、エラリイがちょっとひがんでしまうというシーンもあります。『ローマ帽子の謎』ではどちらかというとキャラクターとしてクイーン警視の方がクローズアップされていたので、原点回帰という面もあったのかもしれません。とりあえずわたくし大喜びです。

これを読みなおしていたら、なぜアメリカで現代版エラリイ・クイーンのドラマを制作しないのかと、本当に地団駄踏んでしまいますよ。

なお、テキストは"The Player on the Other Side"(Ballantine Books, 1975, c1963)から引用させていただきました。
表紙のエラリイとおぼしき男性のイラストが、そこはかとなく1970年代っぽいです(笑)。
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by n_umigame | 2012-03-05 17:20 | *ellery queen* | Trackback | Comments(2)
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Commented by Yuseum at 2012-03-05 21:18 x
ある海外の著名なEQ研究家の方が最後期の作品をバッサリ切り落としていましたが。
最後期の作品こそ、「おもしろい」があるに賛成 (`・ω・´)ノ

にせみさんと違って、まだまだクイーン歴が浅いので、ほとんどの作品は1回しか読んでないのですが、『盤面の敵』は2回読みました。
10年前だったかの初読時、通勤電車の行き帰りに読んでいたのですが、ある日、雨の中で鞄に入れていたら、鞄が安物だったので(汗)、水で染みになっちゃったんです^^;

それがずっと気になっていた中、2〜3年前に北村薫さんの『盤上の敵』を読もうと思い、で、どうせならと『盤面の敵』も買い直し、染みのついた方は実家送りにw
(妹に「読め。」と薦めたけど、読んでなさそう(^_^;))

で、クイーンの『盤面の敵』を改めて読んでから、北村薫さんの本を読んでみた、と。
(ちなみに、これら2つの作品。全然、関係な(ry )

初読時は「神学的」な印象が強かったけれど、2回目はにせみさんの挙げた箇所とかを楽しむ余裕がありました(^^)v
Commented by n_umigame at 2012-03-05 21:52
>Yuseumさま
後期作品、楽しいですよね! どれだけ笑わしてもらったかしれません(笑)。いや、褒めてるんですよ?
クイーンの後期以降の作品を読まないなんて、鍋のシメの雑炊やおうどん食べないのとおんなしですよね。いいお出汁がきいていてすごくおいしいのに~。

わたしも実は北村薫さんの『盤上~』を、「クイーンの作品のタイトルに似てる」という理由で買って読みました^^。はい、内容はまったく関係が(以下略

一見、宗教的な内容なのかと思いますが、そんなことないのはスタージョンの作品だからかなあと思っていました。やはりダネイ&リーさんコンビの作品の方が宗教色を濃く感じるものが多いです。