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NHK BS『ミス・マープル』シーズン4 #1「ポケットにライ麦を」

投資信託会社社長のレックス・フォーテスキューがオフィスで紅茶を飲んだ後に死亡。上着のポケットにはなぜかライ麦の粒がたくさん入っていた。捜査を開始したニール警部は自宅での朝食時に毒物を盛られた可能性を調べる。やがて浮気をしていたレックスの若い妻アデールが死体で見つかり、メイドのグラディスまでも殺される。グラディスを知るミス・マープルが駆けつけ、3人の死の状況が童謡の歌詞になぞらえていることに気づく。
(NHK海外ドラマHP)


シーズン4からミス・マープル役はジュリア・マッケンジーに交代しました。
原作は未読、ドラマはジョーン・ヒクソン版を見ています。

あまり期待せずに見たのですが、あれ、めずらしく「証拠がない→推理が立証されない→名探偵の負け」パターンか、と思っていたら…というエンディングでした。だいたいいつも「証拠がない→犯人が勝手に自白してくれる→名探偵の推理が立証される」めでたしめでたし、というエンディングになることが(本格ミステリでは)多いので、いずれにせよちょっとイレギュラーな終わり方かもしれません。とはいえ、クリスティーで言えばかの有名なノンシリーズ作品も、犯人の自白が偶然明らかになるというエンディングもあるのはあるのですが。
真犯人がいずれ逮捕されるであろうことは明らかなものの、そうであってさえ誰かがまた不幸になるという、苦い終わり方でした。

とりあえず今回はマシュー・マクファディンが見られたからいいや。(無理矢理まとめ)(おおおい)
ミス・マープルに「あなた俳優のエロール・フリンに似てるわね」とか「頭が良さそう」とかおだて褒め殺しされて照れてるシーンがかわいかったです。
あと、聞き込みのシーンで最初は遠慮したチョコレートを、最後に「ナッツ入りに目がないので」と言ってもらうシーン。何かの伏線かと思いきや、ほんとにナッツ入りチョコが食べたかっただけかい!(笑)

ルパート・グレイヴスも現代版BBC『シャーロック』で再度注目を浴びている印象ですが、この新生ミス・マープルシリーズに登場している役者さんたちは、その後なんだかんだとブレイクしている役者さんがたくさん出ているのですね。
それぞれの役者さんについてはそれぞれの回のところでお話いたします。



以下、このミス・マープルの新シリーズがなぜこう全体的に今ひとつだったり感じが悪いのだろうと考えたことについて、思うことを、たらたらと記しておきます。
お時間がある方のみ、よろしければお読みください。
ネタバレなどはありません。








ミス・マープルものは原作を読む前にジョーン・ヒクソン版のドラマで見てしまったものが多いせいか、どうしてもジョーン・ヒクソンでイメージしてしまいます。
ミス・マープルはいわゆる「優しい」人ではなく、真実のためなら情け容赦のないところがある探偵です。ジョーン・ヒクソン演じるミス・マープルはそれが役者さんのちょっと冷んやりした印象を与えるところとマッチしていました。彼女の品のある演技とあいまって、見ていて悪印象を受けることがありませんでした。ジョーン・ヒクソンのミス・マープルが「ネメシス」と呼ばれることに、違和感がなかったのもそのせいだと思われます。

それは、ジェラルディン・マクイーワン、続く今回のジュリア・マッケンジー版を見ていて改めて思ったことです。
ジェラルディン・マクイーワンにしてもジュリア・マッケンジーにしても、可愛らしいですよね。とっても。一見、怖くない。

ところが謎解きをして真実に迫る際は、情け容赦なく暴いてゆかざるをえない。
この情け容赦のない冷たさと、かわいらしさがミスマッチで、それが単なる暴露趣味的な雰囲気になってしまっている。
悪趣味なのです。

もとより、人の秘密を暴かざるを得ない「本格ミステリ」では、悪趣味に決まっています。ですが「本格ミステリ」の探偵は法的には何の権限もない人間が、「真実を暴きたい」という自分の好奇心を満たしたいがために展開される物語にすぎない、ということを、あからさまに描いてしまっています。
これは、見ている人にそんなふうに改めて気づかせてはいけない、あるいは「言わない約束」であることを納得させるものでなくてはいけないのだろうと思います。そこがドラマの制作者の腕の見せ所と申しますか。

加えて、原作を改変しているのですが、この改変の仕方もどうも下ネタの方へ流れがちというか、それはともかくとしても話の持って行き方が品性下劣と言うか…。
だからこの新シリーズのミス・マープルは、どの回を見てもなんだか感じが悪い…と思ってしまうのかもしれないと思いました。

それは役者さんたちの責任ではないことも明らかで、だからますます「おいおい…」と思ってしまうのでしょう。

で、思ったことは、「このドラマの制作者は謎解きミステリなんて好きじゃないんだ」ということです。(ああ身もふたもない…)

何か謎がある、それを解きほぐしていく、あるいはほぐれていくのを見る楽しさ、真実が明らかになったときのカタルシス、だまされたとわかったときの、あの「ああ、やられた!」という腹の底からこみ上げてくる笑い、そんな感情/感動を味わったことがないのじゃないか。
元々悪趣味であるものを、ことさら「ね、悪趣味でしょ?」と言い立ててどうするのか。
ケンカ売っとんのか。
少なくとも、愛情を感じる制作姿勢ではありません。

原作があるものをドラマにするときはもう二次創作です。改変があって当たり前です。表現媒体が異なるのですから、制限も別種のものに変わってきます。ですから変えたことを気に入らないと言っているのではないのです。
愛情と敬意をもってせよと。それができないのであれば、多くの人から長年愛されてきた作品に手を出さないでほしい。

とか言いつつ、やってたら見てしまうんですけれどもね……。
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by n_umigame | 2012-03-26 18:01 | 映画・海外ドラマ | Trackback | Comments(2)
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Commented by Yuseum at 2012-03-26 22:39 x
この作品、どうも良い印象が浮かばないな〜と思っていたのですが、それは原作読んでからヒクソン版を見たからだと分かりました^^;
今回のドラマのエンディングを見て、
「そう、これだよ!」
と。
さすが、ケビン・エリオット。
原作に比べるとやや甘いが、『カーテン』の脚本を任さられるだけのことはある。
(原作は、最後にミス・マープルという人物が凝縮されているんです。)

ヒクソン版は、まさに、
「証拠がない→犯人が文字通り『自爆』してくれる」
なラストにガッカリしたんです。
メアリー・ダヴの秘密もないし、最後を締めくくる手紙も写真もない。
まるで、撮影はしたけれどカットされたかのように。

今回のドラマの写真は原作と違うのですが、2人が向き合っていない今回のドラマの方が原作よりいいかもしれない。

ただ、今回のドラマの演出は悪かったですね。
ヒクソン版では最初に、毒薬タキシンがとれる水松(イチイ)の実の「赤」とその葉の「緑」の美しい映像に、「六ペンスの唄」の歌声が流れるんです。
マザーグースの歌声は著作権絡みがあるのかもしれないけど、今回のドラマの終始暗〜い映像はなんとかならなかったのか (´・ω・`)
Commented by n_umigame at 2012-03-30 23:09
>Yuseumさま
原作が未読だったので、ラストシーンはおもしろかったです。^^
ですがシーズン4全体的に、やはり素材は悪くないのに間延びするというか、なんだか見ていて身が入らない感じがするのは、おっしゃるように演出とか脚本に問題があるのでしょうねえ…。

身を入れて見ていないので、感想を書くのに見直そうと思うのですが、それもおっくうになってしまって…。