*さいはての西*

fwest.exblog.jp
ブログトップ

『裏切りのサーカス』(2011)

東西冷戦下、英国諜報部<サーカス>のリーダーのコントロールは、幹部の中にソ連の<もぐら>がいるという疑いを持ち、ある指令を出す。しかし作戦は失敗し、コントロールは責任を取って右腕のスマイリーと共に組織を去った。その後、引退したスマイリーのもとに組織内の裏切り者を捜せという極秘命令が下る。スマイリーは秘かに、残った4人の幹部の中から<もぐら>を捜す。しかし、それは自分の辛い過去とも向き合う事だった。
(goo映画)


このダサダサの日本語としても意味不明な邦題だけで話題が一周した感のある『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』を見て参りました。

「わかりにくい」「説明不足で不親切だ」という前評判を聞いておりましたが、「サーカスを追われたスマイリーたちが二重スパイの<もぐら>を探し出す」という、ミステリで使われる用語で言えばフーダニット(whodunit)としての部分はきちんと解決が提示されていますし、プロットが破綻しているというわけではないと思います。原作を読んでいるとよくまとめられているという印象でした。

問題は、「なぜ彼が二重スパイになったのか」「なぜ殺されたのか」「いかにして彼が二重スパイであることがわかったのか」という、方法・あるいはプロセス=ハウダニット(howdunit)、動機=ホワイダニット(whydunit)の部分が説明不足ということだろうと思います。
2回目以降1000円キャンペーンをしているそうですが、これは映画だけを2回3回見ても、ハウダニットやホワイダニットの部分を理解するのは難しいのではないかと思います。たくさん詰め込まれているから一度に消化できないような造りの構成ではなく、意図的に言い落とされており、必要な情報は映画作品の外にあるからです。
ですので、映画としては、原作の豪華なPVといった印象を受けました。
隣に座ってた20代半ばくらいとおぼしきお嬢さんは、始まって30分くらいからため息ついたり何度も座り直したりしていて、エンディングクレジットが始まると待ちかねたように、文字通り席を蹴って退館されました。ある意味無理もないリアクションだったかもしれません。

わたくしは絵がたいへんシックで美しいのと、役者さんたちの目の動きや間だけで見せる演技だけで充分満足で、二時間集中して見られました。
また、わたくしは「寸止め」に弱いので、「わざと言い落とす/言いとどまる」というような作品が好きであることも申し添えます。それは受け手がその「言われなかった言葉/事実」を想像して良いということですから。

以下ネタバレです。ラストシーンや核心に触れています。ご注意ください。



















全体的には原作の持つ、リアリティあふれ、それでいてどこかしらエモーショナルな雰囲気が良く出ていたと思います。
以下、印象に残ったシーンなどを箇条書きで。

・トム・ハーディ演じるリッキー・ターが、一番はまり役かも、と思いました。原作を読んだときも思いましたが、一人だけ浮いているリッキー・ター。長年自分の人生を歩んできたがゆえに欠落を抱えている大人の男たちに混じって、何でもできると思い込んでいるいちびりの若造っぷりが見ていて痛くも愉快でした。

・車の中にミツバチが入り込んでしまうシーンも魅力的でした。
引退して養蜂をしているらしい元警部を迎えに行った車中で、運転しているピーター・ギラムはミツバチをうるさそうに手でバタバタと払うのですが、蜂の動きがよく見えていないので全く効果なし。それを後部座席からじっと見ていたスマイリーはタイミングを見てすっと窓を開け、ミツバチを外へ出します。いつもものごとを大局で見ているスマイリーの冷静さや、目をつけた獲物を意のままに操る如才のなさ、明晰さがユーモアを交えて表現されている名シーンだと思いました。同時に「スマイリー超こわい…この人に目ェつけられたくない」と思うシーンでもございました。

・「若造とベテラン(たち)」というコンビ/チームが大好物なので、スマイリーとバッチ君(ベネディクト・カンバーバッチ)の若造ギラムという絵にたいへん心躍りました。スマイリーがギラムに対して冷酷ですが、この若いギラムに対してだとプロとして未熟で信用しきれない部分が残るというスマイリーの見方も理解できます。

・とにかく、スマイリー怖い。このニコリともしないのに名前がスマイリーなところがなおさら怖いですよ。(そんなこと言われても)
・パンフレットに原作者のル・カレが寄稿されていますが、「暗い夜にアレック・ギネスのスマイリーに出会ったら本能的に保護を求めるが、ゲイリー・オールドマンのスマイリーだったら急いで逃げるだろう」とおっしゃっていて、とても納得しました。ギネス版スマイリーを見ていないので、ぜひ見たいです。日本盤DVD出ないかしら。それかAXNミステリーあたりで放送しないかしら。

・鋼鉄のように冷静沈着なスマイリーのたったひとつの弱点が妻のアンだ、というところは、クリスマス・パーティのシーンで、一瞬だけちらっと笑うところ、アンが浮気している現場を見てしまい動揺するところ、このたった2カ所でもよくわかりました。ラストシーンで、アンが帰ってきたことを知り、思わず膝が崩れ階段の手すりで体を支えるシーンで萌えちぎれそうになり、DVD買おうと思いました。
ゲイリー・オールドマンの極端に演じられた冷静なスマイリーだからこそ、特にラストシーンが際立ちます。表に出さないだけで、ここではスマイリーはくたくたに疲れ切っているはずなので、張り詰めていた神経の糸が一瞬ゆるんだように見えました。
・残念なのは、皆が「すばらしいアンは元気かい?」と言うくらい魅力的な女性であるはずのアンが、安っぽい浮気女にしか見えなかったという点です。女優さんの顔を写さなかったは成功だと思いますが、だったらやっぱりもう少し「すばらしくいい女」であることがわかるようなシーンを入れてほしかった。ああ、こりゃあスマイリーもメロメロなのもわかるわーという説得力がほしかったです。
クリスマス・パーティは原作にはないシーンですが、ここは良かったですね。サーカスの皆さんはいったい何カ国語いけるんだと思ったシーンでもありました。
パーティのメンバーの中にル・カレもエキストラとして出演されているそうですが、わかりませんでした。

・ラストシーンは原作と変更されていましたね。
原作では、ジム・プリドーとビル・ローチ少年のやりとりから、希望が見えるような終わり方でした。
映画ではプリドーがローチ少年を強硬に追い返してしまうので、「ん?なんで?」と思いながら見ていたら、納得しました。原作ではおそらくそうだろうとにおわされるだけで誰がビル・ヘイドンを殺したか明らかにされませんが、映画でははっきりとプリドーが射殺します。ここで二人の目が合う(ように見える)のですがヘイドンは逃げようともせず動揺もしません。今からプリドーがしようとしていることを受け入れようとしているように見えました。
パンフレットでは翻訳者(新訳)の方が「意趣返し」と書いておられましたが、わたくしはプリドーがヘイドンを愛しているからだと思いました。苦しまないように一撃で仕留めてますし、でなければプリドーの涙が偽善になってしまいます。
ヘイドンとプリドーの関係は「かつて恋人どうしだったかもしれない」とあるだけで、はっきりそうだったとは書かれていないのですが、映画では所々の描写からほぼ間違いなくそうだったのであろうということがわかります。
ヘイドンの裏切りでプリドー自身は半殺しの目に遭って体に障害が残り、ハンガリーの工作員たちも全滅したわけですので、もちろん憎しみもあったでしょうが、それはおそらく愛している人間に裏切られたからです。と言うより、裏切られたと感じるということは相手に対して何らかの愛情が介在していたことの裏返しでしょう。
プリドーはスマイリーに会ったときにハンガリーの工作員たちがどうなったかと聞いていますし、そういう心優しいところがあるがゆえにスパイとしては失敗したのかもしれません。(このシーンもスマイリーの冷たさが映えますね。「いや全滅したよ」という言い方が「とりあえずビール」くらいの温度です。この教室にプリドーが撲殺したふくろうが剥製になって飾られていて、それをスマイリーが一瞬見上げるシーンがありましたが、ちょっとしたユーモアになっていてちょっと笑わせたあとにこれですよ。)

・ヘイドンとプリドーのアイ・キャッチ、その後の涙と、スマイリーがアンの帰宅を知って膝が抜けるシーンを立て続けに食らい、「なにこの切ない恋バナ…」とほわーっとなりました。
任務のためにむりやりボーイフレンドと別れたギラムだって、悲恋には違いない。
だからもう<もぐら>が誰だったとか、どうでもいい。(おおおおい)

・原作では女好きだったギラムも、映画ではゲイにされていましたし、そういった意味では映画はパワーアップされてましたね。アンの描かれ方やイリーナの殺され方を見ていると、もしかして女に興味がないのかなとしか思えません(笑)。

・もう一点、残念だったのはヘイドンの描かれ方です。原作ではヘイドンが周りの人間に愛され、ある種英雄視されていたという、不思議な人間的な魅力がある人物として登場するのですが、映画だとそのあたりの書き込みがなされていないため、ただの裏切り者で下半身無節操野郎が殺されただけ、ざまあ、みたいになっちゃっていたことです。
原作を読んでも個人的にはヘイドンというキャラクターが好きになれないので別にいいのですが(おい)、映画ではプリドーを泣かす予定だったのなら、このあたりはもう少し観客にわかるように見せた方が良かったと思いました。
・「わたしは”カーラ”の使い走りじゃない」と言い放ち、スマイリーに「どこが違うんだ!」と怒鳴られるシーンがなおさらヘイドンの小物感を増していました。
冷静なスマイリーが一度だけ声を荒げるのがヘイドンに対してだけ、というところは、映画のヘイドンの方が効果的だったですが。

・見に行く前にレイティングがR-15になっていることに気づいて「なんで?」と思いましたが、R-15でした。

・一回見ただけなので、誤解しているところもあるかもしれません。
DVDが出たらガン見します。
[PR]
by n_umigame | 2012-05-06 21:09 | 映画・海外ドラマ | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://fwest.exblog.jp/tb/15827030
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。