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『アグルーカの行方 : 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』角幡唯介著(集英社)

地図なき世界と戦い帰らなかった人々を追う
極地探検史上最大の謎、129人全員が行方を絶ったフランクリン探検隊。北西航路発見を果たせず全滅したとされるが、アグルーカと呼ばれる生き残りがいた? 人間の生と死をめぐる力強い物語!
(出版社HP)



『マダガスカル』を見ていたら極地探検のお話が読みたくなり(笑)。
同じ著者の『雪男は向こうからやって来た』を読みたいと思いながらそのままになっていたところへ、うまい具合に新刊が北極探検でした。

北極探検もののノンフィクションですが、ぐいぐい引き込まれて一気に読めます。

「フランクリン隊」とは、ヴィクトリア朝のイギリス人海軍将校、サー・ジョン・フランクリンが隊長を務めた北極探検隊で、2度目の探検のときサブタイトルにもあるように、129人全員が死亡(行方不明)したそうです。
当時の北極探検は北西航路を見つけるという目的を携えた国家事業で、ヴィクトリア朝イギリスの国家の威信を背負うという意味合いもありました。
最初の探検で命からがら生還し、「靴を食べた男」として英雄になったフランクリンは、2度目の探検のときすでに59歳。当時としては初老にさしかかっていて、しかも彼はとても太ってしまっていたそうです。
にもかかわらず、フランクリンは北極探検に志願し、結局生きて祖国へ帰ることはできませんでした。

フランクリン隊が消息を絶ってから14年ものあいだ、彼らの行方をつかむための何の手がかりもなかったのだが、やがて現地のイヌイットたちの間に、フランクリン隊の生き残りがいて、彼(ら)は「アグルーカ(大股で歩く者)」と呼ばれていたという…。
アグルーカとは誰だったのか。
本当にフランクリン隊の生き残りなのか。
フランクリン隊の生き残りではないなら、それは誰なのか。

この本はその「アグルーカ」と呼ばれた男の謎に迫ったノンフィクションです。
探検家でもある著者が、自らフランクリン隊とその生き残りがたどったと思われるルートを追体験する旅を綴ったノンフィクションでもあるのですが、この旅の過酷なことといったら。
現在のように軽くて頑丈な装備や、栄養価(エネルギー)が高く携帯に便利な食料、GPSなどのテクノロジー、壊血病などの知識があっても、極地の過酷さが人間に強いる負担はヴィクトリア朝とそうは変わらないということがよくわかります。
極地というのはそういう場所なんだろうなと。

著者も、実際ご自分が極地探検に出かけるとは思っていなかったそうです。
この旅の中で淡々と語られるさまざまなエピソードに、著者のお人柄が垣間見えます。
麝香牛の子どもを殺さざるを得ないと判断する下りなどは、ぎゅっと胸が締め付けられそうになりますが、端的に「生きるために食う」ということの選択を迫られるとはどういうことなのか、という状況を考えさせられます。

フランクリン隊は当時のイギリス人らしく、世界中どこへ行ってもイギリス式の生活様式を変えようとせず、その土地土地で暮らしてきた人の知恵に敬意を払うと言うことはしませんでした。
銀の食器やカトラリー、聖書や詩集など、極地探検では邪魔にしかならないものを、船を放棄せざるを得なくなった状況でも後生大事に抱え込んで持っていたそうです。
マイナス40度という気温の中にいるだけで人間の体はカロリー(熱量)を消費するのに、重い物を運ぶ=自分に蓄えたカロリー(熱量)を消費する、ということなので、余計なものを運ぶということは極地では文字通り命を削ることだということが、著者の体験からもうかがい知ることができます。

当時の探検はイギリス海軍が行ったそうなので、彼らが船を捨てる決断をするというのは、そのこと自体がまずよほどの事態かと思います。
隊長のフランクリン自身も、著者によると人が良いだけのおじさんだったそうで、壊滅的局面で強い統率力を発揮してチームをまとめる、というタイプのリーダーではなかったようです。

そんな中、士官が先にばたばたと死んでしまい、屈強で体力がある兵卒が生き残ったものの、指揮命令系統がなくなって統率がきかず、いわば烏合の衆となって散らばり、やがて彼らも死んでいったのでした。現地に残っていたフランクリン隊のものと思われる人骨が切断されていたことなどから、「生きるために食う」ために究極の選択を迫られたのであろうということもわかっているそうです。
この、いわば郷に入っては郷に従うということをしない態度を、傲慢で無計画だ、だから全滅したのだという批判は、以前からあったようです。

ですが、著者はここでも、だからと言って全面的にフランクリン隊を批判したりはしません。

いったいなぜそうまでして、彼らは極地に向かうのか。
彼らをそこまでかりたてたものは何なのか。
その答えを自分なりに見つけることが、著者のもう一つの目的でもあったようです。

当時のイギリスは、フランクリン隊の捜索を行ったもののさらなる二次被害を出したようです。
少し前に、こちらは南極探検ですが、シャックルトン隊について書かれた本やドラマなどが話題になりましたが、全員生還したシャックルトン隊と、全員死亡したフランクリン隊それぞれから(どちらも時代が違うものの)学べることがありそうです。


ちなみに、この本はお食事中に読むことはオススメいたしかねます(笑)。
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by n_umigame | 2012-10-13 18:21 | | Trackback | Comments(0)
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