『王妃に別れをつげて』シャンタル・トマ著/飛幡祐規訳(白水uブックス)白水社

女たちのフランス革命

 フランス革命に言及する際、歴史家たちはパリで何が起こったかについては散々語ってきた。しかし、当時フランス王国の実質的な首都機能を有していたヴェルサイユがその時をどう迎えたのかについては、ほとんど語られてこなかったと著者は言う。王は、王妃は、一体どうしていたのか……。
 本書は、サド侯爵やカサノヴァなどの十八世紀文学の専門家が、当時の資料などをもとに、マリー・アントワネットの朗読係という魅力的な人物を創造し、彼女の目を通して、ヴェルサイユという巨大な富と権力の牙城が一瞬にして崩壊した激動の三日間を描き出した、歴史フィクションである。
 物語の中心は、朗読係アガート・シドニーと彼女が心酔する王妃マリー・アントワネット、そして王妃が深く愛したポリニャック夫人の三名。これほどまでに、情熱的で魅惑的なマリー・アントワネット像があっただろうか。フェミナ賞受賞作。映画『マリー・アントワネットに別れをつげて』原作。
(出版社HP)


マリー・アントワネットの朗読係だった女性が、フランス革命の起きた1789年の7月14日から16日の3日間を回想するという形式の小説です。
訳者あとがきにも述べられていますが、歴史小説というわけではなく、視点となるラボルド夫人(アガート・シドニー)の夢ともうつつともつかぬような回想シーンにぼんやりと浮かび上がってくる風景を見るような、そんな小説でした。
ですので何かドラマティックな展開が繰り広げられるというわけでもなく、叙情的に情熱をもって語られるというわけでもなく、ただ淡々と夢の中にいるような読書でした。

これが気持ちいいんですよ。
気持ちよくて、あっという間に読んでしまいました。

翻訳がすばらしいのかもしれませんが、まず文章が好きです。
だからと言ってふわふわした作品ではなく、一本筋が通って、きりっとした小説でもあります。

その一因として、まず「歴史小説ではない」と書きましたが、時代考証が容赦ないまでになされてる点かと思います。
当時のヴェルサイユ宮殿やフランスの街がどれほど不衛生だったかというのは有名ですが、改めて書かれるとすごいですね。食事中にはオススメしません(笑)。
動物園の管理人の大尉は「精彩を放つ人物」と描写される一方、彼の臭いがあまりにも強烈で誰も近づきたがらない(または吐くしかない)とか、最初の方はこの手の描写がばんばん出てくるのですが、ユーモアを交えて書かれていて、読んでいて顔をしかめながら笑ってしまいました。
当時の宮廷では(フランスでは?)体を洗うと病気になると信じられていたと別の本で読みましたが、オーストリアから嫁いできたマリー・アントワネットはこの風習に我慢できずに月に何度も入浴して変な人だと思われていたのだとか。「月に何度も」という時点で、風呂好きの日本人からすると「毎日とまでは言わないまでも最低2日に一回は入れよ、お風呂!」と言いたくなりますが。

それから、これは歴史を描く上で大切な資質だろうと思いますが、人間を見る目がフェアなところがとてもいいです。
これも訳者あとがきによりますが、著者は、マリー・アントワネットに対する憎悪に満ちて誹謗中傷があまりにも実像とかけはなれていると思い、固定概念を崩し、尊厳を回復したかったのだそうです。
作家のスタール夫人(罷免されたネッケルの娘)はマリー・アントワネットと敵対する側であったが、これらの中傷を「マリー・アントワネットの受けた仕打ちは、すべての女性を辱めるものだ」と告発したとか。わたくしはご多分に漏れず『ベルサイユのばら』でこの「誹謗中傷」を初めて読んだクチですが、「外国人差別、女性蔑視、同性愛者蔑視という差別の三点セットが吹き出している」という見方に同意します。
作中、語り手のラボルド夫人が、扉番が王妃について話しているシーンが挿入されますが、まさしくそんな感じ。逆にルイ16世は「優しい王様」で彼はまったく悪くないと思われていたことが伺えます。
著者の人間を見る目のフェアさは、この扉番の描写にも現れていて、彼らが本当は善良であたたかい血の通った人間であることがわかる描写があります。それでも、あるいはだからこそ、偏見から逃げられないこの悲しさ。悪人だから偏見にとらわれるのではなく、偏見を持つ大勢の「民衆」は、善人だからこそ始末に悪いというアイロニーも感じました。

ガブリエル・ド・ポリニャック夫人の描かれ方も自分には新鮮でした。
短い作品なので掘り下げられていませんでしたが、なぜこうまでこのポリニャック夫人に、マリー・アントワネットが惹かれたのかという部分がもう少し書き込まれていればなと思いました。
ラボルド夫人の目からはいろいろ理由は語られるものの、あまり腹に落ちず。理屈抜きで相手が気に入ったんでしょうけれども…いわば女性同士のブロマンスってやつでしょうか。
ポリニャック夫人との友情は片思いだったことを知るマリー・アントワネットが悲痛でした。

著者はこれが小説としては処女作だそうですが、次作があったら読みたいですね。
映画化されたそうで、機会があればそちらも見てみたいと思います。原作が原作なので、映画としては地味になりそうですが。ポリニャック家の総元締めであるディアーヌは映画にすると場をさらいそうな役どころですね。
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by n_umigame | 2012-12-03 19:01 | | Trackback | Comments(0)

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