*さいはての西*

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『長ぐつをはいたネコ』(2011)

『シュレック』の人気キャラクター“長ぐつをはいたネコ“を主演に迎えた作品が登場!ネコのプスがシュレックと出会うよりも前の時代を舞台に、彼が相棒のハンプティ・ダンプティ&キティーと“黄金の卵“を盗もうと奮闘する姿を描く。『シュレック』シリーズに続きアントニオ・バンデラスがプスの声を務めるほか、サルマ・ハエックがキティーの声を演じる。
(ぴあ@映画生活)



引き続きDWA作品を見てみるランニング中。
見終わったときの感想:「ノワールみたい…」(真顔)。

「シュレック」シリーズからのスピンオフ。
本編ではそんなに出が多くなかったプスですが、あのふわっふわのオレンジ色の毛並みとうるるんの目という外見と、ラテン系でセクスィーな渋い声というギャップで、世界中のネコ好きの皆さんをなぎ倒した模様です。
DWAの作品に出てくる動物キャラクターはあんなにカートゥーンっぽいのに、ふとした瞬間に元の動物まんまに戻ることがあって、動物好きはこれだけでイチコロでございます。
(『カンフー・パンダ』はそうでもないかな…)
プスもそうだけど、この『長ぐつをはいたネコ』に登場するモブのにゃんこさんたちは、ほとんどデフォルメされていないし、まんまネコですね。DWAはネコ好きの巣窟ですよ、間違いない。
(『マダガスカル』も主役ライオンだし。ペンギンズのコワルスキーも「昔からネコ派です」って言ってたし。出てくるわんこはみんな怖いし。)

本編ですが、民話やペローの『長靴をはいた猫』とはまったく関係ありません。
ハンプティ・ダンプティも登場しますが、アリスもマザーグースも特に関係ないと思います。
『シュレック3』と本作は監督が『マダガスカル』シリーズでペンギンズの参謀コワルスキーの声もあててらっしゃるクリス・ミラーさん。
両方見た感想は、「きっと、まじめな人なんだろうなあ…」ということです。
コメンタリーやメイキングを見ていると、かなり民主的に作っているように思います。日本のアニメ作品は(これも全然見ないので印象でものを言ってますが)監督のカラーがかなり出るように思うのですが、DWAの様子を見ていると、議論に議論を重ねて、声優の表情やアドリブ、実際に絵を担当しているアニメーターのアイデアなど、良いと思ったらどんどん取り入れて、あとからでも時間と予算の許す限り直していることがわかります。
この粘り強さがあの作り込みになるんですねえ。
最終的に何を残して何を切るかは監督に任される部分が大きいようなので、もしそのカラーが出ているとすれば、ということですが。

この作品を見て印象に残ったのは、なんと言ってもハンプティ・ダンプティです。
プス、ごめん。アントニオ・バンデラスもステキだったわ。『3』の女たらしっぷりにも笑ったわ。
でもね、ハンプティ・ダンプティだけ浮いてるんですよ。
プスの育った孤児院に、確かにほかにも人外のキャラクターがいろいろ混じってます。ですがやはりハンプティ・ダンプティだけ異質です。

以下ネタバレです。
『シュレック3』のネタバレもあります。





「フィルム・ノワールみたい」と思ったいちばんの原因は、とにかくハンプティ・ダンプティのキャラクターです。
DWAらしく、このあたりは子ども向けじゃないと思います。
ハンプティ・ダンプティは卵です。マザーグースに歌われているように転んだら一人では起きられないんです。
この「転んだら一人で起きられない」という部分がメタファとして使われているんですね。
ハンプティはプスと同じ孤児院で育ちますが、元から世界に対して気持ちが閉じている/信用していないところがあって、小さい頃からいじめられっ子でした。おそらくそれが相互に負のスパイラルに陥っているのが原因で、だんだん世の中を恨むようになっていきます。
プスだけは友達でいてくれましたが、ハンプティが起こした問題をプスが解決してプスが町のヒーローになったときに、ハンプティは妬みからプスを裏切ります。
プスを罠にはめて銀行強盗の片棒を担がせるのですが、それが失敗したときにプスを逆恨みし、ものすごく綿密な復讐の計画を立ててプスを再度はめます。
2度も裏切られたのに、情に厚いプスはハンプティを信じ、3度目の正直でハンプティは「浄化されたキャラクター」となるのですが、岩場に落ちて割れてしまいました。子ども向けの作品なので最後にハンプティが「巨人の城」で、金の卵を産むガチョウたちと仲良く飛び回っている姿を見せるのは、ご愛敬でしょう。

ハンプティの弱さ…脆いということは、卵であるということとシャレになっています。
初登場シーンなんかギャグでしかないのですが。
転んだら一人で起きられない=立ち直れない。一度でも落ちたら壊れてしまう=肉体的/精神的に脆い。
「強い」というのはつまり、打たれ強さのことなんだろうと思います。(と、これは同じDWA作品ではペンギンズの隊長を見ていて特に思いました。)
脆い卵に生まれてきたのはハンプティのせいではないので、このあたりはハンディキャップを持ったキャラクターが自然に登場するDWAらしい部分でもあるかもしれません。
ハンプティの弱さ、脆さはプスとの比較でも見せられます。
誰も信じず世界を恨んでプスへの復讐が原動力になっているハンプティと、育ての親を愛して「ママのために戦うよ」と言えるプス、何度裏切られても許して受け入れることができるプスとの対比を見ることになります。

「フィルム・ノワールみたい」と思った二つ目は、ファム・ファタールが出てくるところです。最終的に改心してプスの味方になりますが、主人公の男を罠にかけて滅ぼしかける一歩手前まで行きますね。

もう、なんてアダルトな内容なんだと(笑)。

ハンプティの屈折した思いは、大人でなければ共感するのが難しいと思います。
『シュレック3』も本作も、いわゆる悪役だとか犯罪者といった、社会の裏街道を歩まざるをえなくなったキャラクターに焦点を当てています。
クリス・ミラー監督ってまじめな人なんだなと思ったのは、どちらも彼らに再チャレンジするチャンスをあげてほしいと願う内容だったから。「人生をやり直すのに、遅すぎるなんてことはない」というメッセージ性が非常に強い作品でした。(そして作品では実際、心優しいシュレックやプスによって---ハンプティのように魂だけでも---彼らは救われるのですが。)

ただその見せ方が、『3』はストレートすぎてそこだけ浮いてました(アーサーの演説シーン)。
本作ではだからハンプティだけが浮いているのですが、これは人生をやり直したいと願う人に対してだけでなく、立ち直ろうとしている彼ら彼女らを取り巻く人々にも、チャンスをあげて、見守ってあげてほしい、というメッセージでもあるんだろうと思います。

一度”レール”から外れるとなかなか軌道修正ができない日本、自分から”被害者”の位置に立つことで周囲を攻撃する人が増えているように感じる現在の日本でも、考えさせられることだと思いました。「自分がこんなにつらいのは社会が/誰それが悪いのだ」と思い込んでも何も解決しない。また、何度でも軌道修正できる人生を相互に受容できる社会であってほしいという願いが込められています。

DWAの作品はディズニーやピクサーと違って、敵役/悪役が「死んで当然」というオチにならないのがいいなと思っていましたが、『3』と『長ぐつ~』は違いますね。『長ぐつ~』はまだ救いがあるような描かれ方でしたが、『3』は、ただの甘ったれ男を殺す必要があったのか、ちょっと疑問です。あの程度の困ったちゃんなら実世界にあふてると思うんですけれども。
「世界を救う」のが主人公ではないところ、ほろ苦いエンディングもDWAらしい作品でした。
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by n_umigame | 2012-12-06 21:47 | 映画・海外ドラマ | Trackback | Comments(0)
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