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『フランス白粉の秘密』エラリー・クイーン著/越前敏弥、下村純子訳(角川文庫)角川書店

※共訳者の下村純子氏のお名前が記事タイトルから落ちておりました。
お詫びして訂正いたします。たいへん失礼をいたしました。


精彩を放つ名推理<国名シリーズ>新訳第2弾!
切れ者警視と推理小説家の名親子コンビ!

舞台はNYの百貨店。都会の謎を華麗に解き明かす

NYの五番街にあるフレンチ百貨店。そのショーウィンドウに展示された格納ベッドから女の死体が転がり出た! 殺されたのは百貨店の社長夫人。そのハンドバッグからは不審な白い粉が入った娘の口紅が見つかり、娘は夫人の死と相前後して失踪していた。状況から娘が犯人かと思われたが……。皮肉屋で愛書家の推理作家、エラリーが膨大な手掛かりから唯一の真実に迫る。華麗さを増す名推理! <国名シリーズ>第2弾。
(出版社HP)


ミステリーとしての本作の感想はほかにすばらしい書評を書かれている方がおおぜいいらっしゃいますのでそちらにお譲りしまして、今回も訳の変更点などで自分が気がついた/ひっかかった部分だけに焦点を当てるざっと読みで失礼いたします。
記事をお読みいただく際は、事前にそんな感想なんだということをご了承いただけると幸いです。

角川文庫版新訳で大きな変更点などについては、前回の 『ローマ帽子の秘密』の感想で触れさせていただきましたので、今回は割愛させていただきます。

『フランス白粉』、この作品はたいへん重要な作品なのです。特に二次創作をする身としては。(キリッ
なぜなら、この作品にしかエラリイの外見に関する具体的な描写がないからです。
(『エジプト十字架』で身長がわかるシーンがありますが)
探偵エラリイ・クイーンが登場する作品は、発表年月が1929年から1970年代初頭という長きに渡り、その作品数も短編を入れればかなりの数になるにも関わらず、なのです。

『エラリー・クイーンの災難』の感想のところでも述べましたが、長年活躍した架空のキャラクターなので年齢が矛盾してくる(作品発表年と合わなくなってくる)のは大目に見るとしても、外見の特徴がわかりにくいだけでなく趣味嗜好やパーソナリティ(性格)にも一貫性がなく、キャラクターとして破綻していると申し上げても問題ないレベルかと思われます。
これはキャラクターを個性としてイメージしにくいということで、強い基盤に隙/“あそび”/のりしろがあってこそ、そこにつけこむ(笑)二次創作というものは世界が広がるわけなので、たいへん困るのです。(知ったことかというご意見もあろうかと思われますが、ホームズものの息の長さを思えば「何度も新しい意味づけをされて現代によみがえる」ことの重要性はある程度はご理解いただけるかと思います。)
原典の発表年月の長さと作品数の多さが、決して二次創作の世界を豊かにするわけではないのですね。

そんなわけで、クイーンの作品は探偵役の魅力で紡がれてきた作品群というよりは、エンタテインメントとしての作品自体の魅力が大きい、という見方もできるのですが、ではキャラクター全員にまったく魅力がなくてお話を回すための捨て駒みたいだというわけでもないのです。
クイーン警視はとても魅力的です。

とは言え、元ネタを“絵”で描くためにはデータや資料が必要で、となれば血眼になって必要なデータを探さねばならず、クイーンはとても苦労した覚えがあり、最終的に投げて今の形になりました。クイーンさん、超すみません。
いえ、ほんとうに申し訳ありません……。


以下、ネタバレあります。
今回は角川文庫版新訳で、一カ所、そういう点で非常に気になる訳に変わっている部分があり、その部分の旧訳との比較について、いつもの独り言でございます。
そんなものでもよろしければ、お入りください。

解説についてもネタバレで触れています。(ミステリーとしてのネタバレはありません)













今回の角川文庫版で「え?」となったところは、したがってエラリイの外見についての描写です。
実は『フランス白粉』については自分の本でも一度、クイーン父子の外見について表現がひっかかったところを訳文を比べ読みするということをやりましたので、ご存じの方は「またかよ」と思われるかもしれませんが、そちらも再掲いたします。

■まずは1カ所目。
エラリイの大学時代の友人ウェストリー・ウィーヴァーのセリフです。

(1)越前敏弥氏・下村純子氏訳(角川文庫)p.61/2012年12月初版
「きみの端整な顔がまた見られてほんとうにうれしいよ、エラリー」ウィーヴァーがつぶやいた。

た、端整な!?Σ(;゚д゚)
そんな話、初めて聞きましたけど!?

これまでの訳は以下のようになっていました。

(2)井上勇氏訳(創元推理文庫)p.53/2000年12月60版
「きみの昔なじみの顔にまた会えて、たいへんにうれしいよ、エラリー」とウィーヴァーは口のなかでもぐもぐといった。
(3)中村有希氏訳(創元推理文庫)p.63/2012年9月初版
「全然変わらないな、きみって。また懐かしい顔を見られて嬉しいよ、エラリー」ウィーヴァーはぼそぼそと言った。
(4)宇野利泰氏訳(ハヤカワ文庫)p.58/1995年6月4刷
「エラリイ、きみの古典期ギリシャ人みたいな顔に再会できるとは思わなかった」ウィーヴァーはそうは言ったものの、(以下略)
(5)白石祐光氏訳(新潮文庫)p.50/1963年5月初版
「君のクラシックな顔をまた見られるなんて、全くうれしいよ、エラリー」と、ウィーヴァーはつぶやいた。

テキスト(※1)はどうなっていたのかと申しますと…
p.34/"The French Powder Mystery" A Signet Book, published by The New American Library, 1969, c1930
"It's awfully good seeing your classic features again, Ellery," murmured Weaver.

「classic features」ということばを何と訳すかということですね。
形容詞のclassicは手元の辞書を見ますと、「古典的な、由緒のある、流行りすたりのない、ギリシャ・ローマ風の」というような意味がずらずらと出てきます。

口語で別の意味もあるのかもしれませんが、この場合は辞書にあるとおりの意味で、
a)古典的な⇒古い⇒昔懐かしい
b)ギリシャ・ローマ風の(彫刻みたいな)⇒端整な
という二つの解釈に分かれた、という理解でよろしいでしょうか。

a)の解釈だとエラリイの顔の描写にはなっていません。久しぶりに会った友達についてウィーヴァーが「懐かしい顔」と言っているだけです。わたくしの最初の刷り込みはこちらだったので完全にスルーしていました。
それで角川新訳版を読んでびっくりしたのですが、(4)ハヤカワ版もb)の解釈だったんですね。ただ(4)は直訳だったせいか「どんな顔だよ」と逆にイメージがわきませんでした。(今思えばファイロ・ヴァンスもこんな描写でしたね…。)
(5)は訳してないですよね(笑)。カタカナに置き換えただけです。おそらく何と訳すか迷われたのではないでしょうか。キャラクターのイメージを決めてしまう重要な単語なので、あえてカタカナに置き換えただけにされたのだと考えると、読者のイメージを壊さない誠実な訳だとも言えます。でもやっぱり日本語として意味が伝わってきませんでした。(覚えてなかったし(笑))
(1)は一歩踏み込んだ、日本語の意味としてたいへんダイレクトに響く訳ですが、訳者の方の主観/バイアスがかかった訳とも言えます。

個人的に翻訳は物語の「語り直し」だと考えているので、訳者の方の主観/バイアスがかかっていることが悪いと言っているのではありません。かかるのが当然ですし、その語り直しがすばらしい場合は、その国の読者にとって幸せなことですから大歓迎です。
(その逆の場合は、なので、たいへん不幸な出会いを強いられるわけです。ですからわたくしにとっては訳者が誰かと言うことはとても大切です。)

言えることは、今回の角川文庫版でエラリイに出会った読者と、創元推理文庫版で出会った読者では、おそらくエラリイの顔のイメージが違うはずです。

ただ、クイーンさんのあざといところは、クイーン父子の外見描写を地の文…客観的なデータとして描かず、キャラクターの口からあくまでも主観として語らせることです。『スペイン岬』でもエラリイは「メガネを取ったらハンサム」と言われるシーンが出てきますが、これもキャラクターの口から語らせています。
ですからこれが事実かどうかはわからないのです。まったく、クイーンさんたら。

…解釈の問題はおくとして、男性の方に伺いたいのですが、久しぶりに学生時代のお友達に会ったときに、例えそうだとしても「男前の君に会えてうれしいよ」って言います?
それはそれで、すごい違和感ありませんか?(笑)
「変わってないな」とは言うと思います。この言葉がいちばん無難だからです(笑)。


■2カ所目。
冒頭部分。

(1)越前敏弥氏・下村純子氏訳(角川文庫)p.26
そして、リチャード・クイーン警視とエラリー・クイーンが肩を並べて腰かけているが、二人の表情はまったくちがったものだ。
(2)井上勇氏訳(創元推理文庫)p.21
それから、顔の表情がまるっきり違う、リチャード・クイーンとエラリー・クイーンが、肩を並べてすわっている。
(3)中村有希氏訳(創元推理文庫)p.31
リチャード・クイーン警視とエラリー・クイーンも、肩を並べてすわっていたが、ふたりの表情は大海をへだてるほどに異なっていた。
(4)宇野利泰氏訳(ハヤカワ文庫)p.25
あとはリチャード・クイーン警視と、その息子のエラリイ・クイーンで、親子でありながら顔立ちのまったく違った二人が肩を並べ、(以下略)
(5)白石祐光氏訳(新潮文庫)p.19
それから、ひどく顔の表情が違って坐っているリチャード・クイーン警部とエラリー・クイーンが、お互いに肩をすり合わせるようにして坐っている。

(4)だけ意味が違ってきてしまいますよね。
ここも初めて読み比べたとき、「!?Σ(゚д゚;)」となった部分です。

テキスト; p.17/"The French Powder Mystery" A Signet Book, published by The New American Library

And Inspector Richard Queen and Ellery Queen sat shoulder to shoulder with vastly differing facial expressions.

違うのは「顔立ち(造り)」ではなく、「表情」ですよね。
なぜ困ったかと申しますと、だから描くとき困るのです……。

クイーン父子が似ているかどうかは実はわからないのですが、ラジオドラマのノベライズによると「エラリイは父親を二人にしたようにそっくり」とあったので、自分が描くときはそんな感じで描いています。
エラリイがまっすぐな黒髪だということがわかるのも『フランス白粉』だけなのです。
darkだと濃い栗茶色や焦げ茶色の毛の可能性もありますが、darkではなくblackとあるので本物の黒髪のようです。
次作以降の『オランダ靴』『シャム双子』でクイーン警視がアイルランド系であることがわかるので、エラリイの黒っぽい髪と灰色の瞳はお父さん譲りなんだろうなと一人納得しました。

新潮社版だけクイーンパパの階級が「警部」になっていますが、これは降格したわけではなくて(笑)やはり訳の問題です。
NY市警のinspectorは警視か警視正に該当するようです。


※1: 
テキストは、イギリスのゴランツ版はラストのクイーン警視のセリフが違っていたようです。異本があるのかもしれません。
翻訳にテキストの表示がないので、どの版を使われたのか不明です。


■解説について
角川文庫版の解説は今回も読み応えがありました。
中味はこのような感じで読み飛ばしてしまうのですが、解説のためだけにでもお金を払って買ってもいいわvと思っております。

今回は、「なぜ新訳からエラリイがお父さんに対してため口になったか」について書かれていたのですが、その理由が、「エラリイってもっと生意気でやんちゃだったはずだから」。ここだけでも首がもげるかと思うくらい頷いたのですが、「父親はそれを大きな包容力で受け入れている。」と続いて、うぎゃー!と萌え転がりそうになりました。
ですよね!!
さらに続いて、クイーン警視の一人称について、「わし」なんていうじじむさい存在ではないと思っていて、「老人」という訳語などもつとめて使わないようにしている、とのこと。ここでさらに、うぎゃー!!と萌え転がりそうになったことは言うまでもありません。(駅のホームにいたのでエア萌え死で我慢しました…)
ですよね!!!

テキストではクイーン警視を指して「old man」と表現されることがけっこうあるのですが、これはエラリイとの関係で言われる部分に多いので、「father」と同義だと思います。ただそうするとfatherもold manも訳語は全部「父親」になってしまうことを避けるためか、これまでの訳語はほぼ「老人」と訳されていました。
クイーン警視ファンとしてはやや不満だったものの、なんと言っても20世紀前半のお話ですから、現代とは50代の男性のイメージは違っただろうと思い自分を納得させていました。
でもそうじゃなくてもいいということですよね!

角川文庫版新訳から受けるイメージが、とにもかくにも新しい、と感じるのは、やはり訳者の方がきちんと自分のイメージを持って、考えてくださっていることが大きいんだなと思いました。
これまで当たり前のように似たり寄ったりの訳になっていた部分に、せっかくの新訳なのだから、「自分はこう考えるんだけどな」という主観をどんどん持ち込んでいただきたいです。
旧訳に慣れ親しんだファンからは必ず何か言われるでしょうし、もちろん新しければ良いというわけでは決してないですが、真剣に勝負してくださっていることが伝わってくるならば、わたくしは全然アリだと思います。

3作目以降も楽しみです。


並べるとちょっとした眺め…
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by n_umigame | 2013-01-08 21:48 | *ellery queen* | Trackback | Comments(2)
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Commented by Yuseum at 2013-01-15 19:01 x
にせみさん、こちらではご無沙汰です(笑´∀`)
先月の入院中に7冊の本を読んだのですが、その中に角川のローマ帽子がありました。
にせみさんがローマ帽子のところに書かれているように、訳がいいですね♪
もちろん、退院してからこのフランス白粉も購入(^_^)v
こちらの記事に掲載されている「本を並べた画像」、一番上の写真は自分でも撮影できるようにw
Commented by n_umigame at 2013-01-15 21:01
>Yuseumさま
改めまして(こんなところで失礼ですが)ご退院おめでとうございます。ゆっくり養生なさってくださいね。
でもたくさん本が読めてちょっぴりうらやましいかもです(^^;

角川新訳版は本当に読みやすい訳ですよね。創元推理版も読みやすいと思いましたが、角川版はかなりさらさらと読めます。
色気のある創元推理版も捨てがたいですが、初めてクイーンを読む方にはやっぱり角川版がオススメなのかしらと思いました。