*さいはての西*

fwest.exblog.jp
ブログトップ

『モンスターズ・ユニバーシティ』(2013)

人間の子どもたちを怖がらせ、その悲鳴をエネルギー源として用いるモンスターの世界。そこに暮らすモンスター青年マイクは、明朗活発でポジティブな思考の持ち主だったが、仲間よりも体が小さくてルックスもかわいいことに劣等感を抱いていた。これでは子どもたちを絶叫させる“恐がらせ屋”にはなれないと、世界中のモンスターが憧れを抱く名門大学「モンスターズ・ユニバーシティ」に入学。期待に胸を膨らませる彼だが、そこにはサリーを筆頭に大きくて姿が恐ろしい“恐がらせ屋”のエリート候補生があふれていた。
(シネマトゥデイ)


 2D字幕。
 「モンスターズ・インク」の前日譚、いわば「エピソード0」に当たるお話です。
これは好き好き…というか、ピクサーの作品としては評価が分かれるだろうなあと思いました。
ドリームワークス・アニメーションではなくて、ディズニー・ピクサーでこんな作品をやるようになったんだ、と。DWA作品のように(と言ったら怒られるかな)、現実の自分たちの世界に立ち返って考えさせられる作品になっていました。そういう意味で「大人向け」なのかもしれません。

以下、見終わった方向けの完全ネタバレにつきご注意ください。
『モンスターズ・インク』のネタバレもあります。















今回の『モンスターズ・ユニバーシティ』(以下「MU」)は、大学に入学していろいろあって…というところより、最後の方でとても感動しました。これは後述いたします。

前作と比べた場合、印象的な「絵」で見せるという点では「インク」の方がやはりすばらしく、純粋にアニメーション(動画)として楽しいのも「インク」でしょう。
「MU」には、例えば「インク」のあの子ども部屋のドアが無数に並んでいる空間や、同じシーンのジェットコースターのような楽しい場面はありませんでした。子ども部屋の並んでいるシーンは、あの場面が目の前に広がったとたんに「うわあっ」という感動がありますし、ジェットコースターのシーンもわくわくしますね。アメリカの子どもたちは自分の部屋のドアのどれかがあの中にあるのではないかという空想ができて、とても楽しかったのではないでしょうか。

「MU」の良かったところは、この地味になった分(笑)、キャラクターに厚みができていたところです。
特に主役二人のマイクとサリーは、子どもには理解することがむずかしいだろうと思うほどキャラクターに厚みや深さが生まれていました。
この、キャラクターに奥行きができたことについてどう感じるかで、この作品の評価はずいぶん変わると思います。
ドラマ重視であり、登場人物がほかの誰かと出会うことで少し変わる、この「少し」の部分を丁寧に(なんと110分もあります)描いた作品と言えると思います。

小さな子どもたちが見て楽しむと言うよりは、進路に悩んでいる20歳前後の人や、人生の岐路に立っている大人にこそ、むしろ学べることがたくさんある映画ではないでしょうか。

今回の主役はマイクです。
「インク」のときも何てポジティブで打たれ強いやつなんだと、サリーよりお気に入りのキャラクターでしたが、今回はそれが笑いにつながる前にドラマになっていました。
マイクは考えるより前に行動する/してしまうタイプだったことがわかります。
誰よりも小柄でかわいい見た目と、怖がらせ屋になりたいというギャップに悩んだりなんかしません。悩む時間も惜しいとばかりに、努力を惜しみません。寮で同室のランドールが人脈作りにいそしむのもよそ目に、実力さえあれば勝つことができると信じて疑いません。
マイクにとっての「実力」とは努力すれば身につくもので、そう信じていました。
けれど結局マイクの、恐がらせ屋になるという夢は叶いませんでした。

「努力すれば夢が叶う」という姿勢を否定する内容がけしからん、という感想を見かけましたが、実社会では努力すれば夢は100%叶うなどということはありません。夢が叶った人は100%努力しているものですが、それは運も込みです。

この作品は、自分の思い描いている「夢」は本当に自分を幸せにするものなのか、適性がほかにあるのに、そうでない「夢」にしがみついていないか、ちょっと視線を変えてみることも大切なのではないですか?という、非常に重要なことを教えてくれています。
そして、もっと重要なのは、それを思い知るためには自分の限界を知ることが大切なのだ、ということです。限界突破…ブレイクスルーのためには、全人生を賭けるくらいの思いでする努力が必要なのだと。
もしマイクが生半可な努力しかしなければ、「あそこでがんばらなかったから、まだいけたかも」と何度も思ってしまい、夢が叶わなかったという後悔だけを抱えた、みじめな人生になってしまっていたのではないでしょうか。
のちのマイクがあるのは、彼が誰よりも努力して努力して、全身全霊をかけて戦って「きちんと」負けたからです。

最終的に大学を退学になったマイクとサリーですが、マイクはモンスターズ・インクのメール係なら誰でもなれるぜ、という伏線どおり、メール係として希望の会社に就職します。
マイク(とサリー)の良いところは、これで腐らなかったことですね。
エリートコースを外れて、誰もが軽く見ているメール係の仕事にしかつけなかった。
でも、だったら、メール係で新記録を作ろう。つまりベストを尽くそう。
学生時代は「つまらない」と言っていたボンベの係になっても、食堂の配膳係になっても、どこでもベストを尽くして新記録を作る。ナンバーワンになる。

これも、社会人の皆さんには理解できると思いますが、実は仕事はだいたいつまらないことの方が多い(笑)。
それをいかに楽しくやるか、どうやったらその自分の目の前に巡ってきた仕事を最高のものにするかを日々考えて一生懸命やっていると、必ず見てくれている人がいます。(もちろん見てくれていない人もいます。これは仕方ないです。)
「こんなつまんない誰にでもできるような仕事」と言う人に限って、「つまんない誰にでもできる」はずの仕事ができていないものです。

マイクは、「負けるが勝ち」ということわざの意味を全身で体現してくれているようなキャラクターになっていました。
そして最終的に認められて、恐がらせ屋にはなれませんでしたが、最高の恐がらせ屋をプロデュースする仕事に適性を見いだしたのでした。
マイクが、頭の回転が速くて他人に対する影響力があることはそこここで語られていましたが、彼の適性は「役者」ではなくプロデューサーだったのですね。
そしてそれは他の追随を許さないすばらしい才能だったのですが、それがわかったのも、やはりマイクとサリーが、モンスターズ・インクに入社してから、ひとつひとつの仕事に努力を惜しまなかったからだったのです。
マイクがどれほど幸せそうにその後暮らしているかを知っているからこそ、この最後の駆け足気味のシーンがとてもしみました。あの完璧な前作のキャラクターを使う必要があるのか、といった感想も見かけましたが、その必要があったのです。

努力と根性とガチンコ勝負の大半より、この最後の部分にこの作品のすべてを見た思いがしました。
このひねりのある、言うなればちょっぴりほろ苦いハッピーエンディングはDWA作品を思い出し、ディズニー・ピクサーは今後どうなりたいんだと思いましたが(笑)がんばってほしいと思います。
アメリカでもこんな物語が必要とされている、というところに、かすかな希望を感じます。


ひとつ消化不良だったところは、ランドールの存在です。
ランドールは最初は気さくでいいやつという感じで、マイクのルームメイトという設定で登場しますが、なぜランドールがマイク(とサリー)をそんなに目の敵にするようになったのかがあまり描けていなかったかと思います。
カップケーキを台無しにされたからとか、その程度のことであそこまで目の敵にするのであれば、ランドールがちっさすぎます(笑)。
マイクの描かれ方もそうですが、人間(じゃないけど)というのはそんなに変わるものではありません。
ですので、ランドールが大学生活をコネを作ることを重視しているところを見て、のちの、自分の実力ではなくて、いわば寄らば大樹の陰で人生を渡ろうとするところが変わっていないということはわかりました。
でもそれは、ランドールの個人に対する絶対評価ではないですよね。
ランドールが欲しかったのはそんなものだったのでしょうか。
あるいは、どんな状況になっても自身の輝きは失わない、良い意味で自尊感情の高いマイクとの対比で、そんなふうに描かれたのかもしれませんが。
[PR]
by n_umigame | 2013-07-21 20:29 | 映画・海外ドラマ | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://fwest.exblog.jp/tb/19309671
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。