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『縮みゆく男』リチャード・マシスン著/本間有訳(扶桑社ミステリー)扶桑社


スコット・ケアリーは、放射能汚染と殺虫剤の相互作用で、一日に7分の1インチずつ身長が縮んでゆく奇病に冒されてしまう。
世間からの好奇の目、家庭の不和。昆虫なみの大きさになってなお、孤独と絶望のなか苦難に立ち向かう男に訪れる運命とは?
2013年7月に逝去した巨匠マシスンの代表作を、完全新訳で25年ぶりに復刊。巻末には『ランボー』の原作者デイヴィッド・マレルによる詳細なあとがきも収録。
ジャンルを超えて人間の実存と尊厳を問う感動のエンターテインメント!
〈解説 町山智浩〉
(Amazon.jp)



ラストに触れています。

30年以上前に早川書房から『縮みゆく人間』の邦題で刊行されていて、読んでみたかったのですが古書の価格が高騰しており、二の足を踏んでおりました。
巻末の町山智浩さんの解説に引きずられた感想かもしれませんが、『縮みゆく人間』とするよりは、『~男』とする方が邦題はふさわしいのではないかと思います。(原タイトルは"The Incredible Shrinking Man")

現在と過去を行ったり来たりしてスリルを盛り上げる、という現在ではそんなにめずらしくない構成ですが、当時は画期的な手法だったそうです。
映画化すると、とてもスリリングに見せられるのではないかと思います。

SFなので、いちおう、なぜ体が縮んでいくのかという原因についてのエクスキューズがなされていますが、そこは物語にとってはあまり重要な部分ではありません。
読み終わったときは、カフカの『変身』をエンタテインメントにしたような作品だなと思いました。
『変身』ではなぜグレゴール・ザムザが虫になったのかも語られませんし、ザムザは部屋から一歩も出られないし、ラストもあんなですから救いはありませんし、読者は何を読まされたのかさっぱりわからないまま、それでも強烈な印象だけは残って「解釈」してみたくなるという作品です。
こちらの『縮みゆく男』の方はエンタテインメントなので、主人公のスコット・ケアリーはじっとしてないし、どころかアクティブすぎて、ぶちぶち文句を言い四苦八苦しながらも、あんた人生楽しいでしょそれ、といった感じですし、希望の開けるような終わり方です。
たいへんなことになってるっていうのに次々と女性に欲情している間にできることがあるんじゃないのと、何度も主人公につっこみながら読んでいたのですが、最後の町山智浩さんの解説も読んでから、ああだから「男」でないとだめなんだ、と深く納得した次第です。
それは主人公がスケベだから男性の方が「らしい」とかそういう問題ではなく(そういう問題もありますが(笑))、スコット・ケアリーは退役軍人という設定なんですね。たいへんわかりやすいマチスモへの目配せなのですが、作中、ケアリーは何度も何度も「男として情けない」というようなことを思います。
最後も、人間としての尊厳というよりは、自分の「男」としての尊厳を守ることができたという意味で「ざまあみろ」だったんじゃないのかなあと。
それくらい、わかりやすい「男らしさ」を剥き出しにした主人公でありました。

マシスン親子で再映画化の動きが出ていたそうですが、残念ながらお父さんのリチャード・マシスンが亡くなったため、その後どうなるのか不明です。ですがぜひ完成させていただきたいと思います。

本作の翻訳者、本間有さんもお亡くなりになっていました。扶桑社ミステリーのマシスン作品でお世話になったくらいの読者ですが、遅ればせながら、ご冥福をお祈りいたします。
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by n_umigame | 2013-09-16 00:03 | | Trackback | Comments(0)

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