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『笑う警官』マイ・シューヴァル, ペール・ヴァールー著/柳沢由実子訳(角川文庫)角川書店


市バスで起きた大量殺人事件。被害者の中には殺人課の刑事が。若き刑事はなぜバスに乗っていたのか? 唯一の生き証人は死亡、刑事マルティン・ベックらによる、被害者を巡る地道な聞き込み捜査が始まる――。
(出版社HP)


タイトルに「刑事マルティン・ベック」とついています。


マルティン・ベックシリーズの中で唯一新装版で刊行されていた『笑う警官』が、へニング・マンケルのヴァランダーシリーズの翻訳でもお馴染みの柳沢由実子さんによる新訳で刊行されました。
また新装版が出たのかと思ってスルーしかけていたのですが、今回は作品が書かれた原語のスウェーデン語からの「新訳」とわかって読み直しました。

旧訳(高見浩氏訳)はスウェーデン語からではなく、英語からの重訳でした。
それも英語版のテキストが必ずしも同一訳者によるものではなく、いずれもパンセオン・ブックス版ではあったものの『笑う警官』はアラン・ブレア訳、『密室』はポール・ブリテン・オースティン訳、『消えた消防車』はジョーン・テイト訳、とまちまちです。
しかも、どういうわけか、文章や甚だしきは章ごとばっさりカットされている部分があったりしたそうで、英訳版はあまりよいテキストとは言えないものだったようです。(旧訳のあとがきにも触れられていますが、どうしてこんなことをしちゃったのでしょうか…謎ですね。英語圏の読者はあまり翻訳に細かいことを言わないのでしょうか。)

そんなわけで、旧訳で読んだという方にもぜひ新訳での再読をオススメいたします。

もちろん物語の大筋が変わるということはありませんが、例えば今回の『笑う警官』では、この印象的なタイトルの元になっている歌詞が、新訳ではあるのに、旧訳にはありません。
ラスト一行でマルティン・ベックに対して同僚のレンナート・コルベリが、この歌の歌詞を受けて言うしゃれたセリフも旧訳ではカットされています。
また、登場人物の名前もスウェーデン語の発音に近づけられたのか、上述のコルベリの名前(クリスチャン・ネーム)は、旧訳では「レンナルト」となっていましたが、今回は「レンナート」となっています。同様に「メランデル」も「メランダー」に変更されています。

名前のカナ表記以外にも、印象が変わっているキャラクターもありました。
このシリーズはマルティン・ベックが中心人物ですが、基本的に群像劇ですので、大勢の警察官が登場します。この個性豊かなキャラクターの中で、わたくしのお気に入りはグンヴァルド・ラーソンとエイナール・ルンです。
このルンの話し方が、旧訳ではラーソンに対して丁寧語で話しているのですが、新訳では対等に話しています。旧訳の一人称が「ぼく」だったこともあって、若いイメージだったのですが、ルンは老眼鏡がいるような年齢だったようなので、新訳の話し方のほうが似合うように思います。「そうさなあ」といったしゃべり癖なども新訳の方が特徴が出ていていいのではないかと思いました。それにラーソンの唯一の親友でもあるので、対等の話し方の方がしっくりきます。

北欧のミステリーというと、ヴァランダーシリーズがそうであるように、とにかく陰鬱で事件も陰惨で読んでいて体の芯から冷えていくような作品かと思いがちですが、このマルティン・ベックシリーズは、起きる事件は陰惨なものの、ところどころクスリと笑えるようなユーモアが挟まれていて、改めて「こんなに読みやすいエンタテインメントだったかな」と思いました。
エド・マクベインの87分署シリーズと並んで警察小説の金字塔と呼ばれてきたそうですが、個人的にはマルティン・ベックシリーズの方が、警察小説としても群像劇としても好きです。87分署シリーズは主人公のスティーヴ・キャレラがどうにもいい子ちゃんすぎてあまり好きになれなかったこともあったのですが、架空の都市(ニューヨークをモデルにしているそうですが)が舞台ということもあったかと思います。
ミステリー、特に都市を舞台にしたシリーズもののミステリーは、その都市自体が重要な登場人物の役割を担っているという面もあるからだと思われます。


今から全10作品が、柳沢由実子さんの新訳で読めるのかと思うと、この先の楽しみができました。


このシリーズは映像化作品もけっこうあったようです。
スウェーデン版のヴァランダー警部ことロルフ・ラスゴードが、1990年代にドラマ化されたマルティン・ベックシリーズでラーソン役だったようで、ちょっとショックです(おいおい)。
機会があったらまた映像化された作品も見てみたいと思います。
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by n_umigame | 2013-10-28 20:29 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
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