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*さいはての西*

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『死者のあやまち』アガサ・クリスティー著/田村隆一訳(クリスティー文庫)早川書房


田舎屋敷で催し物として犯人探しゲームが行なわれることになった。ポアロの良き友で作家のオリヴァがその筋書きを考えたのだが、まもなくゲームの死体役の少女が本当に絞殺されてしまう。さらに主催者の夫人が忽然と姿を消し、事態は混迷してしまうが…名探偵ポアロが卑劣な殺人遊戯を止めるために立ち上がる。
(カヴァー裏)



ITV版『名探偵ポワロ』も、本国イギリスでは最終シリーズの放送が開始されました。
最終(第13)シリーズのドラマ化の原作は以下の通り。

『象は忘れない』 Elephants Can Remember
『ビッグ4』 The Big Four
『ヘラクレスの冒険』 The Labours of Hercules
『死者のあやまち』 Dead Man's Folly
『カーテン』 Curtain: Poirot’s Last Case

このうち、『象は忘れない』、『ヘラクレスの冒険』、『死者のあやまち』の3作品を未読で残していたので、日本で最終シリーズが放送される前に読もうと、やっと腰を上げた次第です。
『カーテン』を除く4作品は、実のところなぜ最終シリーズまでドラマ化されなかったのかわからないのですが、とりあえず『死者のあやまち』は、もしかしてこれが理由なのかも、というところがありました。(『ビッグ4』はわたくしの中ではコメディ認定です。ドラマ化するときどーすんだろ、とちょっと心配している作品でもあります。)


さて、『死者のあやまち』ですが、原題は"Dead Man's Folly"。
原題はダブルミーニングになっていることがわかりますが、ネタバレになりますのでタイトルについては後ほど述べます。
とあるお屋敷のパーティに招待客として招かれたオリヴァ夫人が、何だか違和感を感じて友人のポアロに電話して、来てもらう…というイントロが、少し『ハロウィーン・パーティ』に似ていますね。また最初に殺される少女が○○で…というところも似ています。
わたくしはゾーイ・ワナメイカー扮するオリヴァ夫人が大好きで、このドラマの功績もあいまって、原作に戻るときも、オリヴァ夫人とポアロの会話を読んでいるだけでとても楽しいです。
平均点の高いクリスティーの作品の中では、どうしてもやや地味で優等生的な印象ですが、ミステリー読みはじめたばかりという読者には充分に楽しめる作品かと思います。



以下、ネタバレにつきもぐります。
犯人にも触れています。
















この『死者のあやまち』は、冒頭のオリヴァ夫人の言葉が象徴的なのですが、「誰かに操られているような感じ」がするということで、クリスティーお得意の「イアーゴウ型犯人」なのかな、と思って読み始めたら違いました。

原題の"Dead Man's Folly"ですが、follyには「愚行」と「莫大なお金をかけたばかばかしい大建造物」という意味があり、これがダブルミーニングになっています。
また「dead man」も二重の意味が含まされているという、英語の表現ならではのセンスを発揮した素敵なタイトルになっていることが、読後わかるようになっています。

また、クリスティーの作品らしく、最初の100pくらいまでにあらゆる伏線が張ってあり、ミス・リーディングになっています。
特に船着き場のマーデル老人の「このナス屋敷は、やっぱりフォリアット家のものですわい」がいちばんの伏線として物語全体を支配していることがわかる瞬間は、いいですね。

なのですが、実行犯についてはポアロの謎解きで語られるだけで、犯人を追い詰めていくポアロのハンターとしての見せ場がなかったのが残念でした。
犯人の重婚の相手がよりにもよって「地下組織」というのも、取ってつけたようです。何か活動的で、「よからぬ」女性にしたかったのかもしれませんが、だからって「地下組織」って。
秘密をすべて知っていたフォリアット夫人も、このあとどうしたのかよくわからないので、それがどこかしら消化不良で不気味な読後になっています。
(息子を警察に突きだしたのでしょうか?クリスティーの定石では、最後に探偵と話をして犯人が「ひとりになりたい」と言ったら自殺をほのめかしていることが多いのですが、フォリアット夫人は犯人じゃないですし…。)

最終シリーズまでこの作品がドラマ化されなかったのは、この何とも言えない後味の悪さが理由かもしれないと思いました。
アガサ・クリスティーは信賞必罰のはっきりした作家で、人を殺した人間は相応の罰を受けます。ところがこの作品では、真相は明らかになるものの、犯人が結局どうなったということが明記されていないのですね。
このままフォリアット夫人が口をつぐんでしまったら、3つの殺人は3つとも証拠不十分で不起訴になってしまうのではないでしょうか。

それからこれを言ってしまうと、物語は始まる前に終わってしまうのですが、最初に犠牲になる少女は殺す必要があったのかなあと。マーデル老人も殺してしまったことで、犯人は犯行が明るみに出るリスクが上がっているように思うのですが…。
『ハロウィーン・パーティ』で殺される少女に似ているなと思ったのは、ふだんから作り話をするところがある少女がたまさか真実を話してしまい、口封じで殺される、というところなのですが、『ハロウィーン・パーティ』の被害者と違って泳がしておいてもよかったんでないのと。

そんなこんなで、物語世界全体が暗く、なんだか割り切れない読後感を残す作品ではありますが、ドラマ化されるときどうなっているのかが楽しみです。
by n_umigame | 2013-11-05 21:09 | ミステリ