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『ルイ16世』ベルナール・ヴァンサン著/神田順子訳(ガリマール新評伝シリーズ世界の傑物3)祥伝社

ギロチンの露と消えたルイ16世は、本当に愚鈍な人間といえるだろうか?マリー・アントワネットとのセックスレスの原因は、いったいどこにあったのか?国王夫妻に対するイメージの決定的な転換は、どの時点で起きたのだろうか?―民主的過ぎたがために殺された君主から見た、もう一つのフランス革命史。
(Amazon.jp)



 春のフランス革命とその時代祭り(自分内)、そのに。
 Amazonの内容紹介はちょっと下世話な興味の引き方ですが、まじめな歴史書です。シリーズ名からもわかるようにガリマール社が出版しているものを底本にしているようですので、内容についてはお墨付きかと思われます。(それを祥伝社が翻訳を出しているのに正直驚きましたです。)(←。)
 たいへんおもしろく、読み応えのある評伝でした。

 長くなりましたのでもぐりますね。












 シュテファン・ツヴァイクの伝記『マリー・アントワネット』と、それを元ネタとして描かれた『ベルサイユのばら』では、ルイ16世の描かれ方が共通しています。すなわち、優柔不断、愚鈍そう、気が弱く妻の言いなり等々。
 けれども、それはルイ16世に対して----一面の事実ではあったものの----公平な見方ではなかったことが、つぶさにわかります。

 まず、よく言われてきた「優柔不断」について。
 ルイ16世は聡明な人でした。本が大好きで教養もありました。近代以前の「教養」と言うと、実学は軽く見られていたので文系の知識であることが多いのですが、ルイ16世の場合は理系の知識も豊富でした。モンゴルフィエ兄弟が人類初の熱気球を飛ばす有人飛行実験を援助したり、閲兵で技術的に的確な受け答えやアドバイスをして自国の海軍を改善したり。海軍と言えばイギリスやかつてのスペイン、ポルトガルが強かったイメージがありますが、このことでかなり改善したそうです。

 そしてとても心優しい人でした。信仰心が厚かったこともあるでしょうが、キリスト教のいいところを純粋培養して実行するとこうなる、というような、人を許すことができる人だったようです。処刑直前に息子のルイ・シャルルに、決してわたしを殺した人々に復讐しようなどと考えてはいけない、と諭しています。

 ルイ16世の優柔不断さは、この教養の豊かさと優しさから来ていたものではないかと思われます。

 何かひとつの事実に対して、教養があるから様々な角度からものが見え、心優しいから相手の立場でものを考えてしまう。あれこれと逡巡するため、決断するまでに時間がかかる。(内田樹さんが「想像力のない人は頭も性格も悪い」と書いてらっしゃいましたが、確かにそうだと思います。)

 マリー・アントワネットが果断なところがあったので、妻との対比でよけいに優柔不断に見える場面もあったでしょうが、マリー・アントワネットは生涯一冊の本も読み通すことができなかったと言われるほど集中力や根気のない人でした。マリー・アントワネットの決断力は確かな教養や経験から培われたものではなく、直感的なものです。
 彼女も思いやりのある人で、当意即妙のやり取りができるところを見ていると、頭も決して悪いわけではないのですが、「知らない」ということは怖いもの知らずになるものです。総合的に、巨視的に考えようにも、素養(データ)がないので迷いようがなかった。ルイ16世には見えていたものが、マリー・アントワネットには見えていなかったということがあったでしょう。


 愚鈍そうに見えるのは、当時の宮廷にあってはウィットに富んだやり取りが「粋」とされたのに、ルイ16世はそれができなかった。これも、発言する前にものすごく考えてしまう人だったからではないでしょうか。言いたいことがないのではなく、ありすぎてまとめるのに時間がかかる。優しくて育ちがいいので、相手をやり込めてしまうのに躊躇するところもあったのかもしれません。
 ルイ16世は「何を考えているのかわからない」とよく言われたそうですが、黙っていると言いたいことがない、事実に反することでも認めたことになってしまうという、主張することが重んじられ、ディベートする文化圏において、これも誤解され、不利だったことでしょう。(ちなみに身長が190cmくらいあったそうで、これも驚きました。小柄で太っているというイメージでしたので。)


 妻の言いなり、これは事実ではなかったと述べられています。政治や人事、外交については、重大でないことは妻の好きにさせてやり、そうでないことは一切関与させなかったそうです。政略結婚ということもあり、母国オーストリアの国益になるように夫を容易に操縦できると、マリー・アントワネットと、特にその母親である女帝マリー・テレジアは考えていたようです。ですがこれは目論見が外れました。ルイ16世は(意外と)骨があり、一筋縄ではいきませんでした。

 当時のヨーロッパの貴族階級の”公用語”はフランス語で、特に外国語を勉強しなければならないということはなかったはずですが、ルイ16世は、語学、中でも英語が得意で翻訳書もあったそうです。
 これはわたくしの恩師の受け売りですが、語学を勉強するということは、その国の人々のものの考え方や文化を学ぶということです。
 必要に駆られているわけでもないのに外国語を勉強するということは、フランスだけでなく外の世界に目が開かれていたということです。
 事実、ルイ16世はアメリカ建国にひとかたならぬ貢献をしました。イギリスへのさや当てという大人げのない面もあったようですが(笑)。(本当に仲が悪いんですね、イギリスとフランスは。)おかげでアメリカからは心情的には感謝されましたが、国家財政が大ピンチだった時期でもあり、政治的にはほとんど見返りがなかった上に、自国に革命を招く一助になってしまったというマイナス面もあったそうです。

 では国内のことはほったらかしかというと、まったくその反対でした。
 「五、六人ではなく2000万人を愛するために生まれてきた」と側近に言わしめたように、常に自国民のことを考えている王さまで、しかも当時の人としては近代的なものの考え方をする人でした。
 労働賦役、拷問(警察で認められていました)、農奴制の廃止。高利貸しを抑制して民衆のために公営質屋を創設。軍隊病院に対して敵の傷病兵も味方と同じように手当することを命じ、プロテスタントにも戸籍を与え、ユダヤ人のためにシナゴーグを設立、当時ユダヤ人に家畜と同様に支払いが義務づけられていた「人身通行税」を廃止。著作家や作家の知的所有権を認め、三部会招集の際に女性の一部に選挙権を認め、感染症に罹患した子どものための病院を設立した、等々。率先して種痘を受け(言われるように気弱で腰抜けなら、できないことです)、それを広めることもしたそうです。

 わたくしの浅い世界史の知識でも、絶対王制の時代にはカラフルなキャラクターの人が王位につくことがあり、後世の人間から見ているとおもしろいのですが、その時代を生きて、そんな王さまに付き合わざるをえなかった人々には同情を禁じ得ないことが、けっこうあります。
 そんな中で見れば、いや絶対評価でも、ルイ16世は善良で質素で良い王様だと思います。自身は家族の愛情に恵まれたと言いがたい境遇で育ったにも関わらず、自分より目立つ妻を適当に泳がしながらも大事にし(ちょっと泳がしすぎたかもしれません)、子どもたちを愛する良い夫であり良い父親でした。自分で子育てしない王族の人にしては、これも珍しいと思います。


 父親や兄が祖父のルイ15世在世中に亡くなり、棚ぼたで王位についたため、実戦の帝王教育や政治教育を受ける機会がなく、リシュリューやマザランのような有能で強力な宰相はルイ16世にはいませんでした。(自分で補佐役を見つけています。)
 若かったこともあり、その治世は理想に走りすぎたところもあったのではないかとは思います。ヨーロッパから見た新世界アメリカへの援助や人類初の有人飛行の後押し、人種差別の廃止や様々な人道的配慮、自身は敬虔なカトリックでありながら信仰の自由を認めるなど、良い意味での若々しい夢や理想が爆発しているように思います。

 ですが、時代の趨勢から見ると、絶対君主であるということ自体が「旧体制(アンシャン・レジーム)」のアイコンであり、旧世界の弊害として追われていくしかありませんでした。
  間が悪いとしか言いようがないタイミングで生まれて来、王位についてしまったことも、自分ではよくわかっていたようです。息子に「もし不幸にして王になることがあれば」と言っていますので。それでも自分が処刑されるときは、自身の新聞で口汚く王家を罵っていたエベールすら思わず泣いてしまうほど、威厳と気高さにあふれていたそうです。
 最後の言葉も「わたしは罪無くして死に行くが、わたしが死ぬことでフランス国民が幸せになりますように」でした。人として失政や過失はあったかもしれないが、神に恥じることはないということでしょう。(処刑したサンソンは個人的にもルイ16世が好きだったため、こっそりサンソン家でミサを続けていたそうです。)

 世が世なれば「名君」と呼ばれる素質を持っていたにも関わらず、人権を尊重し民主的だったことが、かえってフランス革命を後押ししてしまったというのは、歴史の皮肉としか言いようがありません。
 歴史の審判に耐え、フランスでも再評価されていることを知ったらルイ16世は何と思うでしょうか。

 
 ところで以前、当ブログで「ベルばらファンへの100の質問」に答えさせていただいたことがありました。 そこで「気が合いそうなキャラ1名」という設問があり、「ルイ16世」と答えました。気が合うとまでは言わなくても、話は合うかもしれないな、とこの評伝を読んで改めて思いました。なぜなら王さまはオタクだったからです。(類友?)
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by n_umigame | 2015-04-07 03:40 | | Trackback | Comments(2)
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Commented by まりお at 2015-05-12 22:50 x
優しくて賢くてオタク…話が合いそうですね。(笑)自分が持つ絶対権力に溺れることなく学び、考え、実践。家族を愛し民を思う名君じゃないですか!
この前甥っ子(中学生)と話していたら、フランス革命で盛り上がりました。ヴァレンヌ逃亡とか「錠前屋」とか知っていて叔父さんびっくり。新たな一面を発見して嬉しくなりました。
Commented by n_umigame at 2015-05-13 18:37
>まりおさま
最近フランス本国ではルイ16世の再評価の気運が高まっているそうです。日本はベルばらの刷り込みが強い人が多いので(わたしもですが)女性から見て異性として魅力的かどうかという部分に評価が偏りすぎだったと思います。これを機に、公正な評価が定着するといいですね。
末頼もしい甥御さん、将来が楽しみですね。^^