*さいはての西*

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『ヒックとドラゴン』1~11巻 クレシッダ・コーウェル作/相良倫子・陶浪亜希共訳(小峰書店)

 少年バイキング・ヒックは、ドラゴンを観察するのが好きな男の子。そんなヒックが、運命のドラゴン、トゥースレスと出会う。二人は、バイキングの島に現れた巨大な怪物ドラゴンと戦うことに……。ヒックは、一族のみんなの命を救うことができるのか?
出版社HP第1巻より


 11巻まとめての感想で申しわけありません。
2010年にドリームワークス・アニメーションで映画化された作品の原作。映画は2014年に2作目が世界的に公開(日本除く)、2018年6月に完結編となる3作目の公開が予定されています。
 本の方は、今年(2015年)9月にイギリスで最終巻12巻が刊行予定です。

 この本の第一印象はこんな感じでした。
 ぱらぱらっとめくってみた印象は、対象年齢は小学校低学年からせいぜい中学年くらいまで。最近の子どもさんだとこれでも読めない、という子もいそうで、それで譲歩しても小学校高学年からせいぜい中学1年生くらいまで。ハリー・ポッター当たりから流行り始めた、本文のフォントのサイズや種類を変えるデザイン、ランダムに配置された挿絵ががちゃがちゃして目にうるさい。
 うーん、今はこういうのが流行ってるんだな。(笑)
 しかし、体がままならない時間ができたこともあり、Twitterでフォロワーさんからおすすめいただいたことからも後押しされて、これも出会いと、読んでみました。

 はい、食わず嫌いはいけませんね。読んでみてよかったです。
 先に映画を観てしまったので、原作と違いが気になるかなとも思いつつ読み始めましたが、それも杞憂に終わりました。世界観もメッセージも違いすぎるので全然問題ありません。

 ててーん。
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 みごとに付箋だらけ(笑)。
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 以下、ネタバレがあります。映画にも関連して触れています。













 イギリスは壮大なファンタジーや優れた児童文学の宝庫です。また、ゲルマン諸語系の神話やケルトの神話・伝承など、キリスト教伝来以前、文字になる以前の資産も豊富です。
 そんな中で著者クレシッダ・コーウェルさんがどんな世界を見せてくれるのか、というところも読みどころかと思いつつ、読み始めました。

 世界観は一言で言うと、しっちゃかめっちゃか。
 このシリーズは、バイキングの偉大なヒーローとなったヒック・ホレンダス・ハドック三世が、年老いてから自らの少年時代を語る、という形式になっています。(なので、どんなピンチに陥っても主人公は死なないという安心感はあります(笑)。)

 過去にドラゴンや妖精がいた世界があって、それを振り返って語る、という構成は、例えばJ.R.R.トールキンの『指輪物語』がそうです。『指輪~』の世界は、時間的に現代の世界と地続きの物語であるということを”証明”するために、トールキンは膨大なしかけを創造しました。北欧神話などゲルマン諸語系の神話、ケルト系の神話への強い傾倒と確かな教養がベースにあるとは言え、言語学者の面目躍如たる偏執狂的にまで緻密で豊かな世界です。また、異世界ナルニアと現実のイギリスを行ったり来たりする「ナルニア国ものがたり」では、ルイスは自身の信仰を基盤にしながらも、説得力のある世界を見せてくれました。

 翻ってヒックの世界はと言うと、アメリカが出てきたり、「楽しければいいよね」という思いつきで出したとしか思えないような設定がぽんぽん出てきます。ナルニアのように異世界との”線引き”がないため、ゆるゆるです。『指輪物語』のように、今は消えてしまった旧世界の壮大な悲劇を描くという主軸が(かすかに)見えるものの、中途半端に出てくる”今っぽい”設定で雰囲気ぶちこわしです。バイキングと言っていますが、後世の人が「バイキング」と言われたらイメージするであろう「なんちゃってバイキング」で、そもそもが貫かれています。
 そして主人公のヒックがけっこうさんざんな目に遭います。イギリスのファンタジーや児童文学の主人公は、惨憺たる目に遭うことはめずらしくありません。しかしそのヒックの体験が、このしっちゃかめっちゃかな世界観の中で語られることのギャップたるや。
 皮肉が効いたブラックな笑いも満載だし、主人公とその親友が不憫すぎ。本人たちもそれを自覚していて、不幸ネタ、自虐ネタで売っている芸人か、と何度突っ込んだことか。

 そんなふうに、最初は「おいおい」とツッコミマシンになりながら読んでいたのですが、慣れてくるとこれが楽しいことがわかりました。「こういう世界なのね」と。おそらく、過去の児童文学やファンタジー、神話や伝承、歴史的事実などを知らなければ知らないほど、いわば無知なほど心から自由に楽しめる。薹が立っていない方がいい。そういう意味では、”子ども向き”の作品かと思います。

 では、しっちゃかめっちゃかでまるきり”子どもだまし”の作品なのかというと、そんなことはありません。しっかりとメッセージが伝わってきます。

 わたくしの好きなところを少し抜き出してみます。

 なんて、かわいそうなんだ。ヒックは思った。かわいそうなドラゴン。
 この哀れみの気持ちが、ヒックの命を救った。
(8巻「樹海の決戦」p.259)


 哀れみの気持ちが本人を救う、情けは人のためならず、というこのシーンは、そうです、『ホビットの冒険』でビルボがゴクリを憐れむシーンを彷彿とさせますね。『指輪物語』では、ガンダルフが同じことを言っています。「何というあわれな生き物、目的もなく続く日々」ゴクリをそう憐れんで、そうしようと思えばできたのに手にかけなかったビルボは、だから助かったのだと。

 新世界を築くべき場所は、海を越えた遠いところではない。いま、この場所、まさに自分の故郷に築くべきなのだ。強い者が正しい、と考えられているヤバン諸島を変えなければならない。弱い民族が<集い>で、意見を言えるようにしたい。
(7巻「復讐の航海」p.274)


 老いたヒックのモノローグです。正しい民主主義と、幸運にも”強く”生まれついた声の大きい者が世界を牛耳ることへの警鐘を、子どもにもわかるようなやさしいことばで、作品世界に託して綴られています。
 これは、11巻まで読んでも身体的にはひ弱なままで、孤立無援の主人公であるヒックだからこそ強く伝わってくるのが、さすがです。ヒックがひ弱に生まれついたのはヒックの責任ではありません。生き物の世界は決して生まれながらに平等ではなく、様々なハンデを背負って生きてゆかざるをえないものもいます。トゥースレスが幼稚なキャラクターで頼りにならないという設定もここで活きています。だからこそ、自分がどんなに非力で孤独でも「いま、この場所」から逃げ出してはならない、「海を越えた遠いところ」に理想郷があって、そこに行きさえすれば解決するわけではない、というメッセージが強く生きてきます。希望はいつだって困難な方にしかない。”この”ヒックにそう言われたら腹に落ちるしかありません。

 ありがたいことに、人の心は、石でできているわけではない。
 傷ついても、やがて癒やされ治るんじゃ。
(5巻「灼熱の予言」)


 同じくヒックのモノローグ。年老いて、つまり、過酷な世界で苛烈な人生を生き抜いた、やはり”この”ヒックに言われたら、腹に落ちるしかありません。この辺りは逆に、大人が読むと沁みるところだと思います。


 DWAのアニメ映画の方は”異端の主人公が居場所を見つける””相反する者同士が共存していける世界を見つける・作り出す”という、DWAの鉄板テーマ作品に仕上がっています。非常にわかりやすい。(他のDWA作品を見比べると一目瞭然ですが、そもそもDWAの作風がそのテーマに貫かれている/底流しているということもあります)
 原作の方は小説ということもあって、そんな単純な構造ではありません。前述したような、一見ばかばかしいユーモアやギミックを様々に織り交ぜながら、ご紹介したようながつんと来るメッセージが伝わってくるようになっています。
 
 そして「これはDWAに目をつけられるわけだ」と、心から納得しました(笑)。
 むしろ、DWAのアニメ映画の方が、よほど毒が抜けて感動できる作品に仕上がっていることが改めてわかりました。DWA作品の方が毒が弱いってどんだけだ。
 原作を読むと、映画の方の「わかりやすさ」がある意味もったいないと感じるくらいです。

 原作は9巻までと、10巻以降で雰囲気が変わり、重くて暗くなります。つぶさに読めば9巻までも十分重くて暗いのですが(笑)、いよいよのっぴきならないことになってくるのが10巻からです。
 12巻で完結することになっているので、ヒックがどうやってこのしっちゃかめっちゃかな実は暗い世界を生き延びてまとめるのか、またドラゴンがいなくなるというのはどういうことなのか、今から楽しみです。

***

 以下、原作と映画の違いについて。

 ヒックとトゥースレスの関係がまず全然違います。トゥースレスはリュックサックに入るくらいの赤ちゃんドラゴンで、わがまま言いたい放題の手のかかる子どもドラゴンとして描かれています。だんだん成長してきたな、という安心感がどこまで読んでもなく(笑)、このはらはらさせられるキャラクターが物語の展開を読めなくしているところもあり、魅力でもあります。

 原作ではヒックは数少ないドラゴンの言葉がわかる人間ということになっています。(映画では人間とドラゴンは、言葉による意思疎通ができません)
 原作と映画とでメッセージも世界観もかなり異なるため、どちらが良いとは一概には言えませんが、映画の「あの」世界にするにあたってドラゴンと言語による意思疎通ができないという設定にしたのは映画のお手柄だと思います。繰り返しますが、原作は原作で、ドラゴンと意思疎通できることでヒックの孤独が際立っているので、こちらはこちらで良い設定だと思いました。

 ヒックの親友フィッシュの設定もかなり違います。映画の方はトゥースレスとの関係が暑くて、いや熱くて、ヒックには人間の親友がいませんしね(笑)。いえ、アスティがいるので彼女との関係に重点がおかれているので仕方ないのですが。原作にはカミカジという、アスティのモデルと思われるキャラクターが登場しますが、アスティより男らしく、ヒックとは友人どうしです。恋愛のフラグが立たないところが清々しく、気に入っています。

 ヒックの父親ストイックは、原作の方がかなりお馬鹿さんです。映画の方も脳筋で、どちらのストイックも彼なりにヒックを愛していますが、親子関係の機微などは映画はわかりやすくなっています。
 ヒックの母親バルハララマ(映画ではヴァルカ)は、原作と映画でかなり違います。キャラクターデザインはもちろんですが、一番の違いは、やはり女性や妻、母親である前に人間として自立して生きているという点でしょう。映画のようなわかりやすい”女性らしさ”は強調されておらず、むしろそこから意図的に離れようとしているキャラクターに見えます。映画の方は(カミカジをアスティにしてしまったように)男性中心の目線がまずあって、そこから見た女性になるので、恋愛フラグが立っています。言ってしまうと性愛の対象としての女性ということです。こういうことをやってしまうからDWA作品はセクシストだ、とアメリカのフェミニストの姐さんたちに予告編を見ただけでボコられるという事態が出来するのだろうと思いますが、DWA作品をよく見れば、女性の描かれ方の風通しの良さが理解できるかと思います。
 言い換えると、原作の方がある意味DWAらしいということなのです。万人受けしそうにないキャラクターデザインと設定であえて勝負し、きれい事にしないという点で、原作はDWAのアニメ映画を、DWAらしさで凌駕していると思います(笑)。

 ヴィランも映画とはまったく違うキャラクターです。どんどん悲惨なことになっていきながらも七転び八起きで帰ってくるところは、悪役はこうでなくっちゃというすばらしいガッツマンです。でも迷惑なやつなんですよ(笑)。マザコンだという設定も、欧米の物語でよくある「大人になってめんどくさいサイコさんは母親との関係が問題だった」という説話類型に則るのでしょうか(笑)。フロイト的だというご意見もあろうかと存じますが、だいたい英語で書かれた現存する最古の叙事詩『ベオウルフ』のヴィランからして、息子があかんのに母親がモンスターペアレントという設定でしたから、根が深いのですね。

 スノット。ああ、スノット。一貫してジャイアンかと思っていましたが、11巻で「スノットーーーーー!!!!」ってなりました。ヒックと従兄弟なんですよね。映画の方はヒックをはぶるのはスノットだけではないですが、原作は明らかにいじめてます。それもけっこうひどいです。子どもって残酷なんだよな、ということを思い出していました。でも11巻で「スノットーーーーー!!!」ってなったので、もう、許す。


***

 元々のわたくしの興味の広がり方は、本→映像化作品、の順で、その反対であることはあまりありません。(もちろん映画オリジナルの作品は除きます)
 ですので、この作品も原作は刊行当時から知っていて、アニメ映画化されたことも知っていたのですが、当時はアニメ映画の方には食指が動きませんでした。TV…特に民放をほとんど見ないのでCMを見たこともなかったし、ポスターや何かを見かけていたかもしれませんが、DWA安定の止め絵の魅力のなさ(涙)や、いかにも友情と感動を謳ったコピーのせいで、当時はスルーした可能性が高いです。個人的に2010年頃というと、仕事が多忙で余暇を楽しむ精神的余裕がなかった時期と重なったことも大きいのですが。映画を観たのは2012年になって『マダガスカル』3部作を見たあとのことです。個人的にはこの順番で本当によかったと思っています。この頃も変わらず忙しかったのですが、少し余裕ができてきたときでした。忙しい=心を失う、って本当ですね。映画館で見ることができたDWA作品が『マダガスカル3』だけ、というのが、自分にとってどれだけ大きな損失だったか、振り返って噛みしめました。
 これからは、ちゃんといろいろおもしろいもの、すばらしいものを見つけるアンテナの感度が鈍らない程度に、いろいろなバランスを取って生活したいなと思いました。そんなことにも気づかせてくれて、ドリームワークス・アニメーション、ありがとう。

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(C)DreamWorks Animation
『ヒックとドラゴン2』のヒック。バイキングと言いながら、赤毛に緑の瞳という、ケルト系のイメージなんですよね。
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by n_umigame | 2015-07-02 19:37 | | Trackback | Comments(0)
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