*さいはての西*

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『山怪 : 山人が語る不思議な話』田中康弘著(山と渓谷社)


著者の田中康弘氏が、交流のある秋田・阿仁のマタギたちや、各地の猟師、
山で働き暮らす人びとから、実話として聞いた山の奇妙で怖ろしい体験談を多数収録。
話者が自分で経験したこととして語る物語は、リアリティがあり、
かつとらえどころのない山の裏側の世界を垣間見させてくれる。
山の怪談。現代版遠野物語。
(Amazon.jpより)



だって、夏だもの★怪談祭り(自分内)第一弾。


マタギカメラマンの著者が、山で出会った方々から集めた、山の不思議なお話。
もちろん、すべて実話で、ご遺族の方がご存命といった配慮が必要なお話以外は、話者も全て実名のようです。

事実ならではの温度の低さが、何とも言えずじわじわと怖い本でした。そこには過剰な演出も、物語としての整合性も、オチもありません。だからこそ、怖い。

内容は、「狐に化かされた」といったような、田舎に住んでいたら子どもの頃おじいさんおばあさんに聞かされたという人も少なくない、言ってみればたわいもないお話もあります。
ですが、著者のコメントにあるように、その「狐に化かされた」とご本人は言っている話自体に、合理的に説明できないものもたくさん含まれています。
「火の玉を見たんだけれど、あれは燐が燃えているだけ」「狐火が飛んでいるのを見たけど、あれは車のライトが尾根に反射していたんだよね」と、ご本人はおっしゃっている。けれども、もう土葬が廃止されて久しいため燐が残っているとは考えられない地域だったり、山が深く、どの角度からもとてもじゃないけれど車道からの光が届くはずがない、などという感じで、合理的に説明がついていません。
著者の言うように、そういう"わかったような理屈"をつけている時点で、おそらくご本人も納得していないのではないでしょうか。

人間は不可解なこと、あるいは本当は理解したくないことがあると、なんとか腹に落とそうとして現象に名前をつけたり、理屈をつけてわかったような気になったりします。安心したい一心からそうするのでしょう。
例えば、暗い山道を一人で歩いていたら、後ろから何かがついてくる気配がする。「あれは妖怪べとべとさんだ」と、現象に名前をつければ、おまじないをしているべき場所へお帰りいただくことができる。名前をつければ概念として理解できますから、怖くない。少なくとも、「何が何だかわからない」という不安な気持ちからは解放されますよね。

妖怪に名前を与えるという人間の営為そのものが、この世ならざるモノをコントロールしたい、なんとか形をつけて理解してしまいたいという気持ちの表れだったのだろうと思います。

夢枕獏さんの安倍晴明も「この世で一番短い呪とは、名だ」「呪とはな、ようするに、ものを縛ることよ」と言っていますね。西洋にも名前を知られると魔力を失う悪魔の話があるそうですし、ファンタジーでも、本当の名を知られることは命を預けることを意味するという設定が登場します(『ゲド戦記』など)。諱の風習も、"名は体"であるから敬してこれを忌む、というところから来ています。(この辺りは『名前の禁忌(タブー)習俗』豊田国夫著(講談社学術文庫)あたりが詳しくて面白いです)
民俗学的に「名」は非常に重要ですが、卑近な例でも、例えば世代に名前をつけたり(「ゆとり」とか「バブル」とか)して、自分に不可解な行動をその人がとったりすると、「あいつはゆとり世代だから」でわかったような気になったり。

けれども、動物…犬を犬、猫を猫と呼ぶのは人間の勝手であって、"彼ら"はおそらく犬とか猫といった概念自体がないでしょう。一人一人の命として"生きている"ものを、世代に名前をつけて、十把一絡げにわかったような気になることの乱暴さも、ご理解いただけると思います。マジョリティの傾向としてはあったとしても、"日本人だから○○だ"、"女だから○○だ"もそうですね。
同じように、この世ならざるモノはこの世ならざるモノなのであって、人間が"彼ら"に名前をつけようがつけまいが、そこにいるのでしょう。

中には、「来たのは誰だ」「もう一人いる」など、怪談の定石どおりとは言え、背筋がぞーっとするような話も収められています。著者が体験したテントの話なども、本当に怖い。
"怪し"に惹かれる著者のような方は、あるいはそういった不思議を引き寄せやすいのかもしれませんね。自分も怖がりのくせに怖い物好きのところがあるので、戒めたいと思います。

「妖怪だ」「狐だ」と名前をつけてわかったような気になり、それで安心しまうのではなく、得体の知れないものに対して謙虚であること、それも大事なのだろう。
そんなことを思う一冊でした。
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by n_umigame | 2015-08-06 19:50 | | Trackback | Comments(0)
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