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『いるのいないの』京極夏彦著/町田尚子絵(怪談えほん3)岩崎書店

おばあさんの住む古い家でしばらく暮らすことになった。家の暗がりが気になって気になってしかたない。―京極夏彦と町田尚子が腹の底から「こわい」をひきずりだす。
(Amazon.jpより)


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だって、夏だもの★怪談祭り(自分内)第二弾。

こちらはご紹介です。

今から3年ほど前に刊行された、怪談と言えばこの方、東雅夫さん編集による「怪談えほん」シリーズ。そのうちの1冊ですが、シリーズ中、ぶっちぎりの怖さ。

実は持っていません。閉店間際の書店で立ち読みしていて(すみません)、あまりのことに「ひゅっ」とか声にならない声が出て、反射的に本を閉じて書棚に返し、そのまま逃げるようにおうちに帰ってしまったからです。正解だったと思います。家に置いておきたくないです、この本。書店さんには悪かったですが、いつも買ってるから笑ってこらえて?

わたくしの父方の祖父の家は、祖父の父、つまり曾祖父の代までは農家だったらしく、この絵本に出てくるような、天上の高い、平屋の日本家屋でした。台所は土間でかまどがあり、庭には小さな井戸がありました。もちろんお手洗いは家の外。わたくしが小学生の頃くらいまでまだ使っていたらしく、毎年お正月にはそのかまどでもち米を炊いて、杵と臼で親戚一同で餅つきをしていました。子どもだったせいか、その家がとても広く感じたことと、夏場でも屋内はひんやりとしていたこと、天井が見通せないほど暗くて高く感じたことを覚えています。その家に泊まるのが怖くていやでした。

そのときの記憶が甦るなんの。怖いよう…。

この絵本に登場するおばあさんは、一度も顔が描かれないのですよね。しかもだいたい見切れている。このおばあさんも何だか怖いのです。
「見えるのなら、いるだろう」というのは、ある意味本質なのかもしれません。
今市子さんの『百鬼夜行抄』で、妖魔が見える主人公が、妖魔がすぐそばにいることに気づきながら、見えていないふりをするシーンがあります。「見る」という行為が「在る」ことを証明してしまう、そういうことなのだろうかと思うのです。

絵本ならではの、ページをめくったときの仕掛けが効いている本です。決してネタバレを先に見たりせず、実物を手にゆっくりとめくりながら最後までお楽しみ下さい。
読み終わったあと目を閉じても最後のページが頭から離れなくなりますが、余韻まで味わうのが遠足です。
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by n_umigame | 2015-08-06 19:58 | | Trackback | Comments(0)

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