雪嵐の中、オスロ発ベルゲン行きの列車が脱線、トンネルの壁に激突した。運転手は死亡、乗客は近くの古いホテルに避難した。ホテルには備蓄がたっぷりあり、救助を待つだけのはずだった。だがそんな中、牧師が他殺死体で発見された。吹雪は止む気配を見せず、救助が来る見込みはない。乗客のひとり、元警官の車椅子の女性が乞われて調査にあたるが、またも死体が……。ノルウェーミステリの女王がクリスティに捧げた、著者の最高傑作! 解説=若林踏
(出版社HP)
本書の裏話的な
「アンネ・ホルト/枇谷玲子訳『ホテル1222』ここだけのあとがき」はこちらで読めます。
作品の舞台となったフィンセや、(縁起でもないけど)事故に遭った列車の雰囲気、作中に登場する『ネミ』というコミックスなど、画像で見ることができて、わかりやすいです。
舞台となったホテル<フィンセ1222>の紹介もあり。
ハンネ・ヴィルヘルムセンシリーズ8作目とのこと。過去7作も邦訳があったようですが、7作目の『凍える街』以外は現在入手困難な状態のようです。
単純に「吹雪の山荘」ものの新刊だ、うわーい!というただそれだけの気持ちで刊行前からけっこう楽しみにしていた1冊でしたが(だってそう思いますよ、この帯の惹句だと)、ううむ。
何がしたかったのか。
読後の感想はコレにつきます。
いろいろな色のついた風呂敷を思わせぶりに開いたのだけれど、たたまれていないと申しますか。
最後まで読むのが困難なほど退屈だというわけではないですし、今流行の「北欧ミステリ」にありがちな、凄惨なシーンてんこもりだったり、人間関係が陰惨すぎて仕事終わりに読むのはうんざりするようなことはなかったのですが。
個人的に一カ所だけ沁みた箇所もありました。
以下、
ネタバレにつきもぐります。
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閉鎖空間で起こった殺人事件を理詰めで探偵が謎を解いていくという「吹雪の山荘もの」を期待して読んだら、期待外れに終わりました。(それは途中で気づいたです…)
事件も、主人公が「こうですね」、被疑者が「そうですよ」と言って終わり。それまで緻密に重ねられたものがないので、いかにも唐突で丸投げにした印象が拭えません。
ではサスペンスとして秀逸かというとそういった面もなく。
途中、おやエスピオナージュだったのかなと思うと、それもなにがあったかわからないまま終わります。
この「なにがあったのかわからない」とは、主人公の締めくくりの言葉でもあるのですね。
で、あとがきを読んで、シリーズものということがわかり、じゃあキャラクターで読むタイプの作品だったのかな…と思い返すも、主人公のキャラクターがはたして初読の読者の心を鷲づかみで魅了するようなタイプかと問われると、それも疑問ですとしかお答えできないという。
主人公のハンネ・ヴィルヘルムセンは元捜査官でしたが、捜査中に負傷して下半身不随となり、車椅子での生活を余儀なくされています。今は現役を退いて、パートナーと娘とともに穏やかな生活を送っているようなのですが、まだ自分の身に起きたことを消化しきれないのか、周囲の気遣いを素直に受けることができません。
この「受け付けない」ハンネのやり方が、なんというか、好戦的なまでにかたくななのですよ。
読み始めたときはここでもう読むのつらいと思ったくらいです。
障碍者で同性愛者であるという2点でマイノリティを描いた作品でもあるのですが、ハンネというキャラクターはお世辞にもいわゆる「いい人」ではありません。
気難しいし、なぜ常時そんなに喧嘩腰なんだと思うし、それはこれまでの"名探偵"キャラには珍しくもないものだったとしても、では快刀乱麻を断つごとき推理を披露してくれたり、生きづらくてたいへんそうだな…と同情をさそうところがあるわけでもない。
同情を拒む、というのがハンネの生き方でもあるようなのですが、それは見ていて気骨を感じさせて敬意を生むというより、偏狭さに拒絶反応が起きてしまうということが先に来てしまうのです。
作者の狙いは身体的にハンディキャップがあったり、性的マイノリティだったりする人を美化して描かない、というところにあるのかもしれません。
ですが、美化しないということと、フィクションとして魅力に欠ける人物造形にするということは、別物ではないかと思うのです。欠点があっても、いや欠点があるからこそ魅力的なキャラクターは古今東西大勢います。
主役がアレでも脇がいいってこともあるじゃない? と思いつつ気を取り直して見てみても、キャラクター同志のやり取りも、何だか必要以上に冷たい印象を受けます。
言い方がつっけんどんで冷たいと感じるところがけっこうありました。
例えば、最後の方で言うと「ペール、どうにかして!」というセリフ。ハンネとの関係が親しいものであればどうってことのないセリフなのですが、そんなに親しくもない人にこんな言い方を、少なくとも日本だったらしないだろうと。
ベーリットがハンネに「あなたには関係ないことです」というシーンも「そりゃそうだけどさあ」となりました。個人的にはハンネというキャラクターに最後まで積極的な好意は持てませんでしたが、それでも元捜査官というだけで、太ももにスキーのストックが貫通するという重症を負った身で、なんとか秩序を保とうと一役買ってくれたわけなのですから、ほかに言い方あるやろと。
これもハンネとベーリットの関係がもっと親しいものであって、ベーリットが気遣いから、ハンネの心の負担を減らすためにそう言ってくれたことが伺えるなら全然違う印象を受けたと思うのですが、そういうわけでもない。
こういうところがとても多い作品でした。
加えて、これは翻訳の問題かもしれませんが、20歳を過ぎたキャラクターが自分の母親のことを第三者に話すのに「お母さん」と言うとか、ハンネが支払い云々というときに「金を払う」という表現だったりとか、細かいところも気になりました。(「お母さん」はそういう幼稚な表現が、「金を払う」もそんなぞんざいな表現が、原文で使われているのかもしれませんが。あるいはノルウェー語にはそういう細やかなニュアンスの使い分けがないのかもしれませんが。)
ほかにもなんだか唐突な印象を受ける部分があって、物語に入り込みにくいなと感じる部分がありました。本当に細かいところなんですけれど、「神は細部に宿る」ということで。
一カ所だけ個人的に沁みたのは、次のシーンです。
まるで人生を他の人と交換したかのようだった。フィンセでの日々の後、わたしは活力に満ちた忙しい人生を、待つだけの人生にとり替えてしまっていたのだと気付いた。
(p.375)
突然の負傷で、働き盛りに人生の方向転換を余儀なくされてしまったハンネの気持ちが、今のわたしにはわかるところがあります。
そんなこんなで、「ここ!ここをもうちょっとつっこむとか広げるとか!」という、素材としてはけっこう美味しそうなところがあるのに、できあがった料理はなぜこんな?という、何だかいろいろ惜しい気がする作品でした。
シリーズものでキャラクターものだったら、もう一作くらい読まないとだめですかね?
読み終わって思ったのは、『ボーン・コレクター』読まなくちゃな、ってことでした。(読んだことなかったんかい)(S文庫とB文庫のミステリーは個人的に当たり外れ多くてあのその)(映画化したのに)(映画化したからなおさらですよ)(というかジェフリー・ディーヴァーを一作も読んだことないミステリファンの人なんている?)(ここここにー!)
読みます。
そういう意味ではありがとう、ほかの本を読んでみようという気を起こさせてくれて。