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『人間・始皇帝』鶴間和幸著(岩波新書)岩波書店



苛烈な暴君か、有能な君主か。中国最初の皇帝の生涯は謎に満ちている。出生の秘密、即位の背景、暗殺の経緯、帝国統一の実像、焚書坑儒の実態、遺言の真相──。70年代以降に発見された驚くべき新史料群に拠り、『史記』が描く従来の像を離れ、可能な限り同時代の視点から人間・始皇帝の足跡をたどる画期的な一書。
(Amazon.jpより・書影も)
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「始皇帝と大兵馬俑」展を見に行くのが楽しみだったので、復習も兼ねて読みました。
「人間~」というタイトルになっていますが、始皇帝の個人的なキャラクターに迫った本ではありません。そこも知りたいですね。
ですが、これまで司馬遷の『史記』に頼るしかなかった部分も、新たに出土した竹簡などの史料を反映した内容になっていて、読んでよかったです。おかげで「大兵馬俑」展も新鮮な目で見ることができました。


「そうだったのか」と驚いたことがいくつかあります。

まず「宦官」という言葉は、通例、皇帝の寝所、つまり後宮にも出入りすることが許された去勢された男性の官吏を指すと思っていたのですが、「宦」には去勢された男子という意味はないそうです。
ですので、かつて、司馬遷が「中国史上、最もムカつく奴。許せない」と言ったという、趙高が、いわゆる宦官ではなかった可能性があるということ。
宦官と言われると、ホルモンのバランスが崩れて髭がはえなくなったり声が高くなったりお肌つやつやになったりという身体的な女性化に加え、中身も女性的な陰湿さを備えた人になってしまうというイメージがあり、過去読んできた歴史関連本や歴史小説でも、そんな感じでした。
趙高がいわゆる宦官ではなかったと言われると、脳内のイメージ図を描きかえなければならず、そこにまた違うイメージがわき上がってきて、自分内、いろいろ祭りでした。

もう一つは「五十歩百歩」の故事の元になった話。これもほんとうは、五十歩逃げた兵士と百歩逃げた兵士では、軍規に照らしたときの罰の重さが全然違ったという説。「倍違うじゃないか」と。言われてみればその通りですね。でももう「五十歩百歩」が「大差がないことを言う故事」ということは、しばらくひっくり返らないでしょうけれども。

ほかに、始皇帝の本名は「政」か「正」かなど、竹簡の発見がなくてはわからなかった事実がいろいろと判明してきていることがわかります。

そして一番わくわくしたのは、始皇帝の遺体が発見される可能性が残っているということです。
今後、さらに発掘や研究が進んで、いつか始皇帝の遺体が発見されたらと思うと、どきどきしますね。
中国は、文化大革命のときに、過去の文物や歴史的遺物をたくさん破壊してしまいました。
あれだけ豊かですばらしく面白い歴史を持っている国が、そんなことをしてしまったのはほんとうに惜しいことと思います。これから先は二度と同じ過ちを繰り返さないように、新しい発見があることを祈ります。

***

始皇帝その人と、その時代のイメージは、ご多分に漏れず(?)司馬遷の『史記』と、『史記』を典拠とした司馬遼太郎さんや陳舜臣さん、安濃務さんの著作から得られる知識からくるものでした。
ですが、高島俊男さんがおっしゃるように、「中国人にとって歴史とは大河ドラマのようなもので、大筋は事実だが、ディティールはフィクション」であり、「「正史」とは「正しい歴史(書)」という意味ではなく、その時代の為政者とその王朝が正しいとする/したい歴史を記したもの」のこと。
なので、正史とされる『史記』も、これは大河ドラマみたいなもので、事実ではないこと、著者の想像も含めて書かれていると考えなければならないわけです。当然と言えば当然だし、ちょっと考えたら、「この現場、全員死んでるはずなのに、誰が見たんだ」みたいなところは『史記』に限らず頻出しますよね。「講釈師、見て来たような嘘をつき」であります。でも面白いので、嘘でもいいやって思ってしまうのですが(笑)。

フィクションの中でいちばん印象に残っているのは、台湾の漫画家・鄭問(チェン・ウェン)さんの『東周英雄伝』に出てくる始皇帝です。(鄭問さんは始皇帝にやはり興味があったのか、後に始皇帝を主人公にした長編も描かれたようですね。こちらは未読です)
この鄭問さんの始皇帝、可哀相なんですよ。
『史記』をざっくり漫画化しただけと言えばそうなのですが、始皇帝は実の母親に殺されそうになるんですね。
王族だし古代のことだし、現代人の感覚で考えてはいけないのかもしれませんが、実の母親に殺されそうになって嬉しい子どもはいませんよね。それが、始皇帝がどれだけつらかったかということが、一コマ(一ページ)で伝わってくる切ないシーンがあって、忘れられないのでした。

とは言え、母親に殺されそうになったからって何やってもいいってわけでもないですけども。焚書はやはり、個人的にあかんリストのトップに来てしまいます。あと刑罰がとても残酷。(このあたりは彼我の感覚の差なのでしょうが、戦争で食料がなくなったときに将軍が自分の妻子を兵卒に食わせたという話が美談として残るという一点で、なにをかいわんやでございます。中国史関連の本が好きでも、こういうところだけは何回読んでも慣れることができません。日本にも『ひかりごけ』とかありますから、あったことは間違いないのですが)


治世が短かったことや、その後すぐ漢が立って、漢は前漢・後漢と長続きしたこともあり、始皇帝は必要以上に悪く書かれている可能性が高いと、司馬遼太郎さんや陳舜臣さんもおっしゃっていました。
それでも、たった39歳であの広大な中国を統一し、通貨、度量衡、道路の幅、馬車の車輪の幅を統一したのですから、すごいです。
そのあと「死にたくない。不老不死になりたい」って変な宗教にハマっちゃわなければ、もう少し長生きできたかもしれないのに…と、そこが残念です(薬と称して水銀とか飲まされていたようですし。それは健康な人でも寿命を縮めます)。人間、目標を達成してしまって守りの体制に入ったときが危ない、ということも教えてもらいました(笑)。
でもきっと、本当にやりたいことがもっともっとあったのでしょうね。そのために元気で長生きしたいと思う気持ち自体を笑うつもりはありません。不老不死になってまでも、ずっとやり続けたいことがあるというのは、幸せなことです。

始皇帝墓の発掘、ぜひがんばって遺体を発見していただきたいと思います。



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by n_umigame | 2016-07-19 00:27 | | Trackback | Comments(0)
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