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『丹生都比売 梨木香歩作品集』梨木香歩著(新潮社)



胸奥の深い森へと還って行く。見失っていた自分に立ち返るために……。蘇りの水と水銀を司る神霊に守られて吉野の地に生きる草壁皇子の物語――歴史に材をとった中篇「丹生都比売」と、「月と潮騒」「トウネンの耳」「カコの話」「本棚にならぶ」「旅行鞄のなかから」「コート」「夏の朝」「ハクガン異聞」、1994年から2011年の8篇の作品を収録する、初めての作品集。しずかに澄みわたる、梨木香歩の小説世界。
(Amazon.jpより)


梨木香歩さんの小説やエッセイが好きでひところよく読んでいたのですが、最近とんとご無沙汰で、久しぶりに読みました。
地味に日本古代史祭りが続いていまして、どうしても表題作が読みたかったのです。

とりあえず表題作だけの感想ですが、以下、ネタバレです。












壬申の乱の時代を題材にとった『丹生都比売(におつひめ)』。
主人公は草壁皇子。のちの天武・持統天皇の息子です。

皇位に野心があることを隠すために吉野に隠遁したと言われている大海人皇子(のちの天武天皇)ですが、吉野は霊場としても神聖な場所で、また不老不死の妙薬とかつては考えられていた水銀の精錬場があったとされています。
物語の舞台はその吉野です。(「丹生」とは「丹=水銀」を作るところという意味でもあるのですね。)

のちの持統天皇、鸕野讚良皇女は、フィクションでは男勝りで気の強い女性として描かれることが多くて、それでだいたいお父さんの天智天皇にそっくり。
夫の大海人皇子に従って吉野についていったことや、のちに、姉の子でもある大津皇子に謀反の疑いをかけて始末した張本人だろうとか、中継ぎの必要があったかどうか疑わしいのに自分が即位したとか、そういったところから出てきた人物像なのだろうと思います。
日本の古代史は史料が徹底的に不足していて、中国史のように個人がどういう人柄だったかということがわかるものはほとんどないのですが、またこれが説得力があるのですね(笑)。

なのですが、フィクションにすり込まれたイメージなどから、それでも「母親」である部分が強い人だったのかなと考えていました。

ところが、この梨木香歩さんの『丹生都比売』の解釈は違いました。
草壁皇子を殺したのは、母親である鸕野讚良皇女でした。
(これは別の方の説がもともとあるようです)
しかも前科があって、姉の大田皇女も殺ってます。
大田皇女は同父同母の姉ですが、夫は同じ大海人皇子です。この大田皇女が産んだ大津皇子は、草壁の皇位継承に邪魔になるからというので殺したというのが定説ですが、実の姉までも。
しかしこれもまた、説得力がありました。

自分の野心のために実の姉、甥、我が子まで殺してしまう鸕野讚良皇女は心底おそろしい人です。
鸕野讚良皇女の心情がほとんどわからないので、なおさらそう思ってしまいます。こんなふうにあらすじだけ書いてしまうと、鸕野讚良皇女がサイコパスみたいに見えてしまうかもしれませんが、そういう感じでもありません。
梨木香歩さんの小説なので、時代の歴史的背景があって政治とは非情なものであるというような、歴史小説として強いテーマがあるわけではないと思います。
読んでいると、おろそしいのだけれど、民話や伝承に登場するグレートマザーのような印象を受けます。「母」の包容力の暗黒面、飲み込んで一体化して放さない=子どもを自分と同化して、子ども自身の人生を歩ませることを許さない、おそろしい「母」です。

草壁皇子は自分が病弱で精神的にも強いとは言えず、激動の時代に王者として新しい国を率いていく器ではないことを知っていて、それで母親に殺されることをわかっていて、受け入れてしまっています。

この物語が悲しいのは、母親がそう望むからという理由で、されるがままに黙って死んでいく子どもの話だからです。

 ……ああ、私は本当におかあさまが好きだ。おかあさまのためならば、おかあさまのなさることならば、何がこの身におきようと、私の魂は、平かに安んじていよう……
(p.216)

梨木香歩さんのあとがきにこうあります。

「他者の事情をなんとなく察して、それと意識せぬまま自ら受難の道を選びとっていく子どもたち」(中略)人生はさまざまだ。弱者も強者も、孤独な「個」出在ることからは逃げられない。

孤独な「個」であることから逃げられないということと、人生の価値基準が自分の外にあって自分の人生を生きられないということとは、乖離があると思います。
今現在生きるのがめんどうくさくて、しかも家族からモラハラを受けている、しかもその自覚がないという状態の若い人が読むと、非常に危ない小説だと思います。
ムーミンシリーズに出てくるミイの言葉を思い出します。
「この人は怒ることもできないんだわ。それがあんたの悪いとこよ。“たたかう”ってことを覚えないうちは、あんたには自分の顔はもてません」
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by n_umigame | 2016-08-15 00:07 | | Trackback | Comments(0)
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