『マリー・アントワネット』はヴェルサイユ宮殿からの依頼を受けて描かれたマンガ、『~の嘘』(もうちょっと何とかならなかったのかな、このタイトル)は、マンガの方が描かれるに至った経緯と、惣領冬実さんがいかにこのマンガを制作されたかという苦労話・裏話がメインの本です。前の方に少しだけ(第一章のページにして50ページ弱分)歴史秘話的なテーマで描かれている部分があります。
どちらの本もおもしろかったです。
「ベルばら」の影響が根深い日本においては特に、この惣領冬実さんの『マリー・アントワネット』は、文字どおり画期的な作品だと思います。
残念なのは1巻で完結してしまっていることですが、なぜコミックス1巻分しか描かれなかったのかについては『~の嘘』を読むとわかるようになっています。
(なっていますが、やっぱりとても残念。いつかぜひ続きが読みたいです。『チェーザレ』の続刊見ないなと思っていたら、そういうことだったのか……。)
ルイ16世については、こちらの本(→
★)の感想でも当ブログで記事にしましたが、最近ではルイ16世とマリー・アントワネットの実像については再考証が進んでいて、かつての二人の姿は見直されてきているとのことです。
ですので、「ベルばら」で描かれたような、小太りでさえない愚鈍な王というルイ16世のイメージは、フランス革命当時、革命派が悪意をもって広めたゴシップなどから派生した歪んだ姿で、世が世なれば賢君として歴史に名を残したであろうということがわかってきています。
歴史はいつでも勝てば官軍ですから、勝者の声の方が大きく、自分たちにとって都合の悪いことは書き変えてしまいます。後世の人間はいつもそこに嘘がないかどうかを見極め、よくよく熟慮する必要があります。
タチが悪いのは、書き変えられた歴史が全部が全部嘘ではなく、そこに一部事実が混じっていることで、嘘がよりいっそう真実みを帯びて見えるということですね。
「ベルばら」はツヴァイクの伝記の影響が大きく、もちろんそこへ池田理代子さんの創作が加わっています。
好きでもないのに嫁がされた夫が愚かで男性的な魅力に乏しく、それでほかの男性と恋に落ちたが、その恋は悲恋に終わった、という展開は、少女漫画としては燃えるシチュエーションだと思いますが、史実から見ると、それはあまりにルイ16世に対して公正な見方でなかったばかりか、マリー・アントワネットに対しても失礼だったのではないですか、というのが、最近の見方になってきているようです。
これは以前からわかっていたことですが、フェルゼンは確かに一生独身を通しましたが、マリー・アントワネット以外にもヨーロッパ各地に何人も恋人がいて、股がいくつあるんだと思うような男性だったようです。フェルゼンはそんな感じで恋愛巧者ですから、マリー・アントワネットとの関係がそんなに純粋で単純なものだったかと考えると、かなり疑問です。二人ともいい大人ですし、正式な結婚以外に愛人をもつのが当たり前だった当時の宮廷や貴族の文化を考えても、そうだろうと思います。
そのために、必要以上に滑稽に描かれた「ベルばら」のルイ16世は、やはり気の毒だったと思います。人間は視覚から得る情報が大きいですから、「絵」で見せられてしまうとそれが強いイメージとしてすり込まれてしまうのですよね。
惣領冬実さんの描かれるルイ16世は、その分の揺り返しが来たみたいなデザインになっていて、『~の嘘』でもフランス側の担当の方に「ここまでルイ16世がハンサムだったかどうかはわかりませんけれどね(笑)」と言われていますが(笑)。
ただ、マンガ作品(フィクション)としてどちらが単純に「おもしろい」かと問われると、依然「ベルばら」に軍配を挙げざるをえないと思います、というのが正直な感想です。
惣領さんの作品は「ベルばら」に比べると時代考証などが非常に緻密で、何倍も正確であるであろうということはわかります。キャラクターどうしの繊細な心の交流なども、惣領さんの作品はすばらしいです。
ただやはりとても短いということもあって、優れた歴史同人誌を読んでいるような印象が、どうしてもぬぐえませんでした。
惣領さんは聡明で理知的で、まじめな方なのでしょうね。絵にもそれが強く表れていますが、逆に言うと隙がなくて崩れないのです。いいかげんなところがない。勉強したことが画面の隅々まで行き渡っていて、ちょっとお行儀が良すぎるという印象も受けてしまいます。
「嘘」が混ざっていても、フィクションはそもそも「作り話」なんだから、華麗に風呂敷を広げて楽しんだもの勝ちよ!と、ある意味、バカになって舞台の上で踊った「ベルばら」が、大勢の人を惹きつけるのは、よくわかります。「ベルばら」の方はオスカルという男装のキャラクターが、あの時代に女性にとって生きるとはどういうことかというテーマも内包していることが大きかったと思いますが。
だから、両作品は競合しません(笑)。
エンタメに徹した「ベルばら」の方は、確かに史実という点では正確さに欠けるところが多かったかもしれませんが、純粋にあの時代に描かれたマンガとしておもしろいです。
惣領さんの『マリー・アントワネット』は、「ベルばら」しか知らなかったと言ってもいい(本当は『イノサン』とかいろいろ出てるんですけれどもね、最近も)イメージを「そろそろ見直した方がいいんじゃないですか?」という問いかけになっている作品として、すばらしいです。
もちろん、正確で緻密な時代考証で描かれた作品世界は、言うまでもなくすばらしいです。
「ベルばら」原理主義者みたいな熱心なファンの方にも、食わず嫌いや脊髄反射的に否定してしまうのはあまりにももったいない作品です。
この画期的で意義深い作品も新鮮な目で楽しめるのではないかと思います。おすすめします。
…ところで『チェーザレ』って、結局どうなったのでしょうね…?
もう再開されないのかしら。コミックス派で飛び飛びに読んでて、長い間があいてしまったので、すっかりお話忘れてしまいました。(それでなくてもあの辺りの歴史に素養がない身の上ですのに…)