『流砂』ヘニング・マンケル著/柳沢由実子訳(東京創元社)

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がんの告知を受けた北欧ミステリの帝王マンケルは何を思い、押し寄せる絶望といかに闘ったのか。遥かな昔に人類が生まれてから今日まで、我々は何を受け継ぎ、そして遠い未来の人々に何を残すのか。“刑事ヴァンダラー・シリーズ”の著者の最後の作品。闘病記であり、遺言でもある、魂の一冊。
(Amazon.jpより・画像も)


2015年10月に亡くなったスウェーデンの作家ヘニング・マンケルの最初で最後のエッセイ集。肺がん原発の末期がんを宣告されてから、ご自分の年齢である67篇から成る1冊です。

マンケルさんの作品は邦訳が出ているものはほぼ全作品読んでいます。(児童書もあります)
刑事ヴァランダーシリーズなどを読んでいると、なぜアフリカがスウェーデンの社会問題と絡むのかとか、最初は唐突な印象が拭えなかったのですが、このエッセイ集を読んで、マンケルさんの小説は彼の人生と切り離せないものだったのだなと実感しました。
スウェーデン語は全然わからないのですけれど、そしてもちろん翻訳がいいのでしょうけれど、マンケルさんの文章は読んでいると落ち着きます。

病気について直接触れているところはそんなに多くありませんが、これはまぎれもなくマンケルさんの闘病記です。

絵画ついて語られた項がいくつかあるのですが、その中でジェリコーの「メデューズ号の筏」の見方について、びっくりしました。マンケルさんはこの絵を見て、そこに希望を感じ取っていらっしゃったのです。
わたしはこの絵を見て希望を感じたことはありませんでした。むしろ、水平線の遠くにかすかに見える点のように描かれた船が、かえって絶望感を高めている残酷な絵だと思っていました。いかだに無造作にうち捨てられた死に行く人々や、カニバリズムがあったことを容易に想像させる人体の描き方よりも、ほとんど手の届かないところに見せつけられた船=希望の方が、何倍も残酷に感じていました。いかだの様子から、ほとんど人が絶望しかけたであろうときに見せられた決して手の届かないであろう希望は、本当の希望ではないと。希望に見せかけた欺瞞を、あるいは希望の残酷さを描いた作品だと。
けれども、この絵に希望を見たマンケルさんの文章を読んで、涙が出そうになってしまいました。

もっともっとマンケルさんの文章を読んでいたかったです。

全編すばらしいのですが、以下、刺さった部分の抜き書きです。


 がんと付き合うことは、同時にたくさんの前線で戦うことでもある。大切なのは、自分の頭の中の妄想と戦うことにあまり無駄な力を使わないことだ。体を侵略してくる敵と戦うために、全力を注がなければならないからだ。
 巨大な風車の影と戦っている暇はないのだ。
(28「影」p.142)

 三週間が経ち、やっと私が流砂から這い上がって、治療下での死に物狂いの闘いに挑み始めたとき、闘う私にとってもっとも大きな支えになったのは、当然のことだが、本だった。
(中略)だが、いままで経験したことがない不思議なことが起きた。新しい本、未読の本が読めないのだ。私がいつも大いなる関心をもって読むお気に入りの作家たちの本でも同じだ。新しい本、知らない本の中になぜか入り込めない。(中略)
 一瞬、私は怖くなった。本は私を裏切ろうとしているのか? 生涯で一番必要としているときに?
(31「抜け道、明るみへ」p153-154)

 私は常々、どんな夢でも、たとえそれが他の人に関する夢であろうと、本当は自分自身に関する夢なのだと思っていた。
(35「サラマンカへの道」p.178)

 物語を書く人間には二つのタイプがいて、いつも争っている。一方は土をかぶせて隠そうとする。そしてもう一方は掘り起こして暴こうとするのだ。
(35「サラマンカへの道」p.182)

 現代でも、馬から下りて木陰に座り、決定的な決心をする人間が必要だ。
 彼らはどこかに必ずいる。世の中がどんなにひどくなっても。
(36「馬から下りた男」p.187)
 ※英国で奴隷廃止法を制定させることに成功したトーマス・クラークソンについて。

 がんにかかってから、信仰によって慰められている人々のことをたびたび考える。私はその人たちに敬意を表しはするが、羨望は感じない。
 しかし、宗教的信念と同じくらいの確信をもって、私は将来長い氷河期のあと何千年も経ってから地球に存続する人々に関して、絶対にそうなるだろうと信じていることがある。その人間たちはきっと生きる喜びに満ちているだろうということである。
 生きる喜びなしには、人は生き延びることはできない。
(37「子どもが遊んでいるうちに」p.188)

 私はよく死んだ人々のことを考える。彼女のことも同じだ。いつも思うのだが、人はなぜ死んだ人のことを考えるのをやめてしまうのだろうか? 死んだというだけで付き合いをやめてしまうのはなぜだろう? 私がその人たちを思い出すかぎり、その人たちは私の中で生きている。
(44「土の床」p.222)

 昔読んだアフォリズムが頭に浮かんだ。いわく「人生をそんなに真面目に考えるな。どうせ生きてはそこから出られないんだから」。
(57「ドイツの高速道路での惨事」p.292)



人間であることを恥じるな。誇りを持て!
きみの中で次々に扉が開かれる。
きみは決して完成しない。それでいいのだ。
トーマス・トランストルンメルの詩集『ローマ人の弓』からの引用だそうです。このエッセイ集の冒頭で、献辞の次に掲げられているのですが、これを最後に。



ヘニング・マンケルファンもそうでない方にも、ぜひ、おすすめいたします。
もし今何か悩み事があっても、なんだかちょっと目の前が開けたような気持ちになります。

マンケルさん、ありがとうございました。
改めてご冥福をお祈りいたします。ゆっくりお休みください。







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by n_umigame | 2016-12-31 23:36 | | Trackback | Comments(0)

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