『その島のひとたちは、ひとの話をきかない : 精神科医、「自殺希少地域」を行く』森川すいめい著(青土社)

d0075857_21443968.jpg


「今、即、助ける」「できることは助ける。できないことは相談する」数々の支援活動で注目をあびる精神科医が、生きやすさのヒントを探す旅に出る。
(Amazon.jpより・画像)



本文中、
「今、即、助ける」
「できることは助ける。できないことは相談する」
「助かるまで、助ける」
が加えられます。

この本から学べることはたくさんありますが、人を助けるという点については上の3つに尽きるかとも思われます。


3万人の大台を切ったとは言え、依然として先進国の中でずば抜けて自殺者が多い国、日本。その日本国内に、なぜか自殺者数が有意に少ない地域があるという。著者がフィールドワークした中からその地域を5カ所取り上げ、紹介した本です。
この本には『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある』(岡檀著 講談社 2013年)というネタ元本があるそうです(こちらは未読)。ですので、フィールドワークと言うよりはそのネタ元本を著者が実際に見聞きしに行った体験記と言った方がよいかもしれません。


自殺するところまではいかなくとも、日本という国独特の閉塞感やムラ社会的な息苦しさを多少なりとも感じている人は多いと思います。人間は環境の生き物なので、取り巻いている環境が人間に与える影響は自覚するしないを問わず、とてつもなく大きいものです。「とてつもなく大きい」と考えた方がいいようだ、と自分の経験からも思うようになりました。

「ひとがとりまく環境とうまく対話ができなくなったときに、ひとは病む」。
至言だと思います。

ただ、この本で紹介されている自殺希少地域が万人に有効かと言うと、そんなことはないということにも言及されています。
紹介されている地域もユートピアではありません。
著者が、絶妙な距離感でゆるやかに人々が結ばれていると感じた地域も、人によってはわずらわしいと感じていることも紹介されています。

あちこちで言われていることですが、自殺が増えたりするとすぐ「昔は人々の絆が強かったので、こんなことはなかった」という、ネットスラング風に言えば「昔はよかった厨」がわらわらとわいて出てきます。
それを見るたび聞くたびに、今の方がいいに決まってるだろと、ハリセンでツッコみたくなります。

人間の絆(わたしはこの言葉自体は嫌いではありませんが、臆面もなく大声でこの言葉が言われるとき・言う人には警戒した方がいいと思っています)というものは双方向に働くもので、負の側面もあります。
その「しがらみ」が嫌だと思っていた人は昔から大勢いたに違いありません。特に同調圧力が強くムラ社会化しやすい場所ではそうではなかったかと思われます。
けれども昔は一人では生きていけませんでした。物理的に食えなくなったり、治安上無防備で、一人でいることは文字通り死活問題だったと思います。
それが、「物質的に豊かになりたい」と願って、戦後の焼け野原から立ち上がって必死で働いてきた高度成長期を生きる人々と、物質的に豊かになり、その利便性を享受できるようになった後続の人々が「煩わしい人間関係、いっしょにいると病みそうな人と食うために我慢して家族でいるよりは、一人で生きたい」という潜在的にあった願望を実現できるようになったことで、今があるのだろうと思います。
その願望が特殊な人の特殊なものだったとしたら、こんなにも広がらなかったでしょう。心のどこかにでもそれを願っていた人が多かったため、まんまと「そうなった」としか思えない側面もあると思います。
もちろん、心の中では一人で生きたいという願望があっても、人間関係を保険と考えてチームを組むという選択をしている人も多いと思います。人間関係は間違いなくセーフティネットとして機能することもありますから、どちらが賢明な選択かというと後者の方が生き延びる蓋然性が高いことは間違いありません。そんな打算的な思惑でなく、いっしょにいたいからチームを組む、セーフティネットは副次的なものという姿がいちばん良いことは言うまでもありません。

いずれにせよ、「こうありたい」「昨日より少しでもいい明日にしたい」という人々の希望が少しずつかなってきた結果が今なのだろうと思います。

紀元前の石板に「今どきの若い者は」という愚痴が掘られていたそうですから、SNSとかあったら昔の人も愚痴っていたにちがいなく、さぞかし今より目を覆うばかりの悲惨なあれこれが、ネット上で発信されたことでしょう。
日本の場合は同調圧力が強いがゆえに、嫌だと思っていても言えなかったという面も強かったのではないかと想像します。
「記録がない」ということは「事実としてなかった」こととイコールではありません。ないことを証明するのはいわゆる「悪魔の証明」で、困難です。
今生きている人の記憶はまちがいなく「思い出補正」されています。つらかったこと、悲しかったことは洗い流されて、うれしかったこと、楽しかったことだけが残るようになっている、脳というのはそういう都合のいい臓器なのだそうです。そうでなければ人間は生きていけないからだろうと思います。

今がもし昔に比べて人間関係が希薄に見えるとしたら、それは過去があまりにも過剰な束縛であったことの反動が来ているのではないでしょうか。振り子は反対方向に振り切れやすいものです。
人間は間違えます。調子に乗ってやりすぎることもあります。その極端さを是正する方法を探っていく、3歩進んで2歩戻る。それは人間が有史以来営々とやってきたことではないでしょうか。

現状を解決するためにできることは、やはりこれまで人々がやってきたことと同じこと、「昨日より少しでもいい明日にしたい」「自分が生まれたときより死ぬときの方がいい世界になっていてほしい」と願いながら一人一人が明日につなぐ、これしかないと思います。
100人、10人は救えなくても、一人を救う。他人は救えなくても、自分だけでも救う。これでも一人救えます。
その確実に救うことができた一人一人が、つなぐしかないと。

そのためのヒントがたくさんつまっている本でした。

自分ができることから始めたいと思います。






[PR]
トラックバックURL : http://fwest.exblog.jp/tb/23758941
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by n_umigame | 2017-01-04 00:44 | | Trackback | Comments(0)

Welcome. 本と好きなものがたり。


by n_umigame
プロフィールを見る
画像一覧