『ずっとお城で暮らしてる』 シャーリイ・ジャクスン・著/山下義之・訳(学研)

本作のあとがきによりますと、シャーリイ・ジャクスンは、ニューイングランド地方に残った最後の魔女です★と自称なさっていたそうですが、この際はっきり申し上げましょう。
それ、シャレになりませんから。

もう、イントロから、シャーリイ・ジャクスンお得意の、真綿に針を包み込んだような悪意がこれでもかこれでもかこれでもかー!!と土砂降りです。
おまけに、出てくる人出てくる人、全員、嫌な人。
貪欲、無知、幼稚、残酷、偽善、俗物、得手勝手、それが戯画化されていればハリウッド映画みたいに薄味でステレオタイプの悪役ね、ですむのですが、なんでこんなにすれすれでリアルなんですか……これもジャクスンさん、お家芸なんですね。
じゃあ、おもしろくないじゃんそんなヤな話。と問われれば、何をおっしゃいますやら、おもしろいんですよ。だから困るのですよ。
一気読みですよもうええ。
一気読みしたのは、早く本を閉じないと、シャーリイ・ジャクスンの呪いがこちらにも効いてきそうで怖かったからです。てへ★(←強がり笑い。)
中島らもさんが、山岸涼子さんの『わたしの人形はよい人形』を読んだ後、あまりの怖さに押入の奥深くに封印した、と書いてらっしゃいましたが、わかりますよ、この心境。

ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』を読んで寝た晩は、よくアガサ・クリスティのドラマに出てくるようなマナーハウス(お屋敷)の1階の窓(大きい)に、外から、子どもが張り付いてこちらをじーっと、じーーーっとのぞきこんでいるという、シュールにして怖すぎるだろうという夢を見たものでしたが、この作品を読んでる最中から、その夢を思い出して居ても立ってもいられず、寝ころんで読んでいました。(いやそういうことじゃないだろう。)

以下、ネタバレです。『たたり』のネタバレもあります。ご注意下さい。




この手のお話を読み付けている人であれば、もう、誰が家族と一族郎党を皆殺しにしたのか、早い段階でおわかりになるかと思われます。
初めの方から伏線は張られていますね。
イントロの村人たちの陰湿な悪意のスコールに対しての反応は、そういうことだったのか、と納得させられます。

ですが、このお話、何が怖いのかうまく言語化できないのです。

おそらく犯人はこの子だろう、ということはわかるのですが、でもいったいなぜ? という動機が、わからない。本格ミステリでももうすこしこじつけ…いや、へ理屈なりに理屈をつけて動機の説明がなされると思うのですが、あるいは、「いちおう、てゆうことにしておいて?」という気遣いを感じるのですが、それすらもない。
ですから、子どもが(発表は1962年ですから、まだ。)このようなことをした、ということで十分恐怖になる、ショッキングである、ということもあったからそれを主眼に作品を書いたということだったのかもしれませんが、シャーリイ・ジャクスンはそんなぬるい女ではない。
きっと、子どもや女性が、「か弱くて無邪気で守られるべきもの」だなんて、これっぽっちも思っていらっしゃらなかったと思われます。ですからそこに意外性を狙って、残虐性や陰惨さを描くということは、おそらく、ない。「元からそんなもん」と思っているから。
ですが、社会的に無力である事実に変わりはなく、そこに物語の悲劇惨劇が起こるわけです。

『たたり』でも、館と一体化する女性主人公というオチでしたので、ジャクスンさんがお好きなのだろうとは思いますが、あちらはまだ共感できる部分もありました。
ですがこちらは、ないのですね…。

山岸涼子さんが「自分で自分の人生を切り開かなかったツケ」が回ってくる女性主人公に対して、酷薄にすぎると思うような描き方をされることがある、と書きましたが、ジャクスンさんの場合は、「ツケ」の支払わせ方が違って、幸せそうに見えます。
でもそれは、一見。
それが恐ろしいのかもしれませんが…答えは保留とさせていただきます。
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by n_umigame | 2006-08-24 22:44 | | Trackback | Comments(0)

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