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『心臓を貫かれて』(上/下) マイケル・ギルモア・著/村上春樹・訳(文春文庫)

先日読んだ養老猛司さんの『ミステリー中毒』で紹介(というか)されていた本なのですが、ノンフィクションです。

著者マイケル・ギルモアの兄であるゲイリーは、あるとき罪もない人を殺し、それまでユタ州では絶えていた死刑制度を復活させた第一号の殺人犯となります。
マイケルはなぜギルモアが殺人を犯したのか、そもそもの原因を家族の成り立ちの始め(とそれより以前のモルモン教の大虐殺)から語るのですが、安直に、「こうだからこうなった」と言えるような問題ではないことだけは確かです。

読んでいて思い出したのが、内田樹さんの「人はどうしてオヤジになるか」(『疲れすぎて眠れぬ夜のために』所収)というエッセイの中に書かれていた内容です。
内田さんは、次のように書かれています。
不愉快な人間関係に耐えることはよいことだ、という思いこみが、老若男女を問わずにあるが、これは有害で命を縮める方向にしか作用しない。
それは人生のある段階で(たぶん、かなり早い時期に)、不愉快な人間関係に耐えている自分を「許す」か「誇る」か、とにかく「認めて」しまった。そして、その後「不愉快に耐えている」ということを自分の人間的な器量の大きさを示す指標であるとか、人間的成熟のあかしであるとか、そういうふうに合理化してしまったのだ。そういう人は不快な人間関係だけを選択し続けることになる
もうひとつ。
「愛してたら、人を殴れない」(同書所収)の中で、家庭内暴力があれだけ陰惨なものになるのは、「愛してるから」という暴力の正当化を、殴る方も殴られる方もイデオロギーとして承認しているからだと思う。「殴る人間は殴られる人間のことを愛していない」ということをきっぱりと双方が確認すれば、家庭の中で暴力がうじうじと持続するということを防げるはずだ。
心理学では反復脅迫ということばで説明されるが、幼児期に親から虐待されてきた子どもは、虐待されることを「屈折した愛情」の証拠だからと自分に言い聞かせて、その救いのない幼児期をなんとか意味のあるものだったと思いこもうとする。愛しているから殴ったとでも思わなければ救いがない。結局それが悪循環になっている。
だから恐ろしいことに、父親からずっと殴られたりした女の子は成長した後も、自分が男を選ぶときに、殴る男を選ぶ傾向がある。それは人を殴るというのは愛情の証拠だからと自分に言い聞かせてきたからだ。人は一回メッセージを読み違えると、いつまでも自分が作った物語に執拗に忠実になるものです
もうひとつ。
「呪いのコミュニケーション」(『子どもは判ってくれない』所収)
「あなたのためだけを思っているのよ」「なにが気に入らないのかはっきり言ってよ」「お願だから私のこともわかって」「うまくいかなかったら戻ってくればいい」「そんなことしてたらあんたはきっとダメになる」「将来ろくなことはないね」…などなど、これらはすべて効果的な「呪いの言葉」である。それは心のひだに食い込み、ずっと後になってさえ、決定的な状況の時に不意に意識にせりあがってきて、その人の決断を食い荒らす。こういうことを言って、相手を沈黙させ、自分に縛り付けようとする本人は、そんな「邪悪」な欲望が自分を駆動していることを知らない。しばしば「呪い」をかけている人間自身は、自分の行動を動機づけているのは教科的な善意だと信じている(場合によっては「愛情」だとさえ)。

ギルモア家の場合、母親がまずこの「呪い」をかけ続けるタイプの人であり、父親が「オレはこれだけ愛しているのにどうしておまえたちはわからないのだ」と言いながら家族を殴るタイプの人であり、それがきっちり4人の息子たち全員を食い荒らし、生き残った長兄も、末っ子のマイケルでさえ、惨憺たる傷跡を抱えたまま生きていかざるをえなくなります。
マイケルも書いていますが、この両親が子どもを作ったのは、なんという悲劇だっただろうとしか言えません。
読んでいて、一番同情したのは長兄のフランク・ジュニアなのですが、フランク・ジュニアもマイケルも、それでも両親を愛そうとすがりつく姿には、胸が痛みます。
ですが、それが正しいことだったのか、疑問に思います。親を愛せなくたって、よかったのではないでしょうか。
親を愛せないのは子にとって不幸なことではあります。それを認めるのはもっとつらいことでしょう。ですが、おそらく、そういうふうに生まれてくる子どもが、いるのも事実なのでしょう。「子が親を愛するのは当然だ」と心から信じられる人は、幸せな人です。ですが、それを万人のルールにしようとする人は残酷な人だと思います。
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by n_umigame | 2006-10-15 23:46 | | Trackback | Comments(0)
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