『メグレ夫人のいない夜』ジョルジュ・シムノン・著/佐宗鈴夫・訳(メグレ警視シリーズ21)河出書房新社

久しぶりに、「運命の修繕人」メグレ警視ものです。

やっぱりいいですねえ…この世界。

イントロからして、ああこれだよこれ! という感じで始まります。

「たいしたご馳走もできませんがね、夕食は私の家へ食べにきてもべつにかまわないでしょう?」
 その言葉のあとに、義理がたいリュカはたしかこんなことを言いそえた。
「きっと女房がよろこびます。」
 なんてリュカはいいやつなんだろう! だがあれは本心ではないのだ。彼の女房はちょっとしたことでかっとなる女だし、彼女の身になれば、誰かを夕食に招くなんてことは迷惑なことだから、なんだかだと文句を言うにちがいない。

今回は、ジャンヴィエが撃たれたー! という衝撃から始まるのですが、メグレものの常として最終的に「犯人は誰か」ということよりも、事件の周辺の人物たちの人間の持つ哀しさやしみじみとした幸せ、といったものが、非常にこまやかな心理描写とともに描き出されます。

ジャンヴィエが、術後意識が戻って奥さんの顔を見たとたんに、もう二度と会えないと思っていた人と再会できたかのようにぼろぼろ泣き出すところが感動的です。

息子がほしかったけれども子どもに恵まれなかったメグレにとって、ジャンヴィエやチビのラポワント(今回もまた小学生みたいで可愛いです)、そして10歳程度しか年が離れていないリュカさえも、自分の息子のように可愛くて仕方がないといった感じが伝わってきて、それがメグレものの世界にある種の温かみを添えているのだと思います。(あと、いつもだとメグレ夫人とのやりとりもそうなのですが、今回はメグレ夫人が電話でしか出てこないので…)

 彼の父親との半時間はさらに不愉快なものであった。ポーリュが予想したように、父親は泣いた。男が泣くのを見るのは、メグレにも我慢できなかった。
「私たちは、あの子になんでもしてやりました。警視さん……」
 そうだろう! そうだろう! メグレは誰を責めてもいなかった。それぞれができるだけのことはしているのだ。あいにく人間はたしたことができない。


「彼女のことはなんて話してた?」
「自分のしたいことがわからずに、結局は結婚して、子どもをたくさん産むような馬鹿な女だって、言ってました。」


…しかし、ジョルジュ・シムノン自身が「理想の妻」と言っていたらしいメグレ夫人以外に、誰かの女房となるとこてんぱんな書かれ方なような気がするのは気のせいでしょうか…。
ジャンヴィエの奥さんの書かれ方もそうですが、ロニョンの奥さんなんて悪妻の鑑のような書かれ方でソクラテスの妻クサンチッペも真っ青という感じです。

メグレものは、ミステリというよりは、普通の小説のようですので、ミステリを期待して読まれる方には失望しか与えないかと思うのですが、挟み込まれていたチラシの都築道夫さんの「シムノンがわかるかどうかを、その人の小説読みとしての程度をはかる尺度にしていたことが、私にはある。」というコメントはわかる気がします。
[PR]
トラックバックURL : http://fwest.exblog.jp/tb/5493524
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by n_umigame | 2007-05-27 17:22 | | Trackback | Comments(0)

Welcome. 本と好きなものがたり。


by n_umigame
プロフィールを見る
画像一覧