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『座右の名文 : ぼくの好きな十人の文章家』 高島俊男・著(文春新書)文芸春秋

久しぶりに高島俊男さんの本です。

うーーん、いい!

全く衰えていないです。このクオリティの高さをキープする秘訣はいったいなんなのでしょうか。
目が痛いから文字を書くのはもうつらいけど、しゃべるのだったいくらでもしゃべるから(さもありなん(笑))それをまとめてよ、ということでできあがった本なのだそうです。
通例、話し言葉をまとめるとどうしても浅薄で軽い感じになると思うのですが、高島さんが話していらっしゃるやわらかさはそのままで、しかも文章に起こすと端正で密度も高いという、スゴイ本です。長島桂子さんというかたが録音をしてまとめられたそうなのですが、この方の功績も大きいのでしょう。高島さんが「稀にみる聡明な人」と表しておられますのが、高島さんがおっしゃるのですから相当聡明な人に違いありません。

高島さんが選ばれた「文章家」は、新井白石、本居宣長、森鴎外、内藤湖南、夏目漱石、幸田露伴、津田左右吉、柳田國男、寺田寅彦、斎藤茂吉の10人。
それぞれの文章が好きということもさることながら、高島さんが語るとこれらの人々が目の前によみがえるかのようで、いきいきとした描写とあたたかい視線がすばらしいのです。

おもしろいので全員ご紹介したいくらいなのですが、とりあえずわたくしの好みで鴎外を。森鴎外はハードボイルドと表してもよいかと思うくらい、ムダのないきりっとした文章を書く人だと言われておりますが、高島さんにかかるとこんな感じに。

 
ところが、家庭のなかでの鴎外はつねにほんわかと、そばへ行っただけであたたかく、いい匂いがするような、そんなお父さんだった。


 鴎外の子どもたちの書いたものを読んでおもしろいのは、四人が四人とも「自分がいちばんかわいがられた」と思っていることだ。もちろんだれにだってお父さんはやさしい。けれども、なかでも自分が最も愛されていたと、全員がそれぞれにそう思いこんでいる。


鴎外の子どもたちというと、中でも森茉莉が有名かと思いますが、森茉莉のファーザー・コンプレックスは筋金入りだったようで、ある女性作家さんがエッセイの中で「ったく、あの女…!」と言う感じで書いてらして大笑いしたことがあります(笑)。いやそれくらいすごかったようです。

 今度は弟や妹の書いているのを見ると、これはまた理想的な兄である。やさしくて、たのもしくて、近所の評判はいいし、学校では常に一番で一家の誇り。(中略)
 つまり、鴎外という人は、修身の教科書に出てくるような人だった。
 一家の光であり誇りであり、家庭の希望を全部、それも赤ん坊のころから双肩にかかっている。物心ついてみたら一家の希望になっちゃっている自分を知った。えらくなってもらいたい。やさしい、いい兄であってもらいたい。いい親であってもらいたい。---自分をとりまく人々のそんな期待に、生涯をかけてすべてこたえた。


しかし、そんな人生は本人にとってはたまらなくなることがあったにちがいありません。

 
鴎外自身は、「自分は演技をしている」という意識を持っていたようだ。期待される人間像になるために、その役を演じているという意識である。自分が生きたいように生きるということはついにできなかった。
(中略)
 この役はほんとうの自分ではない。役のうしろにいる者こそが、真の自分である。しかしそう思いながらも、それを見ることができない、と書いている。
 これはなかなかむつかしい。徒然草に「狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり」ということばがある。芝居といっても徹底的にまねをすればそれが本物になってしまう、という意味だ。ずっと演じていると、「演じていない自分」というのがはたしてあるのかどうかも、はっきりしなくなってくる。

 鴎外はほかの生きかたがわからなかったんじゃないか。たまにはなまけてみようと思っても、それができない。もしくは一生懸命無理になまけて、本筋以外のことをやった結果が文学だったのかもしれない。


文学を含むあらゆる創作はその人の排泄物だと言われることがありますが、鴎外の場合もそうだったのかもしれません。
ほか、斉藤茂吉のおもしろさ(「接吻」は絶対に読まなくちゃ!と思いました。もう、おっかしいのです、ほんとうに)、漱石の弟子の中で、いわゆる「木曜会」以外にいつでも来て良かった寺田寅彦(「寅彦がまれなほど頭がよく、また、まれなほど感受性のするどい人であったことによるのだろう。つまり、なんでもそのよさや美しさがわかった。」という人物評が秀逸です。)、夏目漱石の項では『坊っちゃん』は探偵小説であり恋愛小説である、と説き、「オレ様」白石の鬱屈(なんだか太宰府で「文学をなめんなうらー!!」とめそめそ詩を書いて鬱憤を晴らしていた菅原道真を思い出すのはなぜ…?)、世渡りベタの左右吉……どれもこれも絶品であります。

とにかく読んで下さい。ぜひ。
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by n_umigame | 2007-06-08 20:00 | | Trackback | Comments(0)

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