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『ネロ・ウルフ最後の事件』 レックス・スタウト・著/斎藤数衛・訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)早川書房

ドラマを見ていたら原作も読みたくなって、久しぶりにネロ・ウルフを…と思ったものの、以前読んだもの以外となるとなかなか手に入らず、しかも文庫で…となると、できれば一番最後にしたかったこれを。
48作品も著作があったというレックス・スタウトですが、日本語に翻訳されているのはその4分の1もあるかないかという悲しい状態のようですので、反則ですがご了承下さい。

この作品は、アガサ・クリスティで言うとあれ、エラリイ・クイーンで言うとあれです。
(作品名を書いただけでネタバレになりますのでこのような表現でお許し下さい…)

ネロ・ウルフのシリーズは(読んだ範囲では)ウルフとアーチーのへらず口の応酬と軽快なユーモア、そして食べ物がおいしそうというのが特長の楽しい作品ばかりでしたので、まさかこんな終わり方だったとは…。
作家デビューが遅かったレックス・スタウトの最晩年に書かれたそうで、自分でもなんとなく最後になることを予感していたのかも知れません。最後のウルフのセリフなどからもそんな印象を受けます。

ただ、犯人の動機がこの作品を読んだだけでは結局よくわからないですし、なぜこの犯人でなければならなかったのかという作者の意図も見えぬままで、フーダニットとしてフェアかどうかというと、あまり。
シリーズを愛するものとして最後まで見届けるために読んでおく、そういう性格の作品である思います。

ちなみにこの作品の舞台になっているのは1970年代初頭。「ウォーターゲート事件」とか「ニクソン」とかいう固有名詞がばらばらと出てきます。
おそらくアーチーは60歳くらいにはなっているはずなのですが、”永遠の恋人”リリー・ローワンとのやりとりなどを読んでいても永遠の青年という感じです。
結局アーチーの歴代彼女の数は22人くらいらしいです。どこからはじき出した数?(笑)
ウルフはいったい何歳なんだ…。

↓以下、重大なネタバレ!!




しかし、どんなに公平に考えたとしても、アーチーたちのやったことは私刑(リンチ)であって、それを黙認したウルフも同罪なのではないでしょうか。
1970年代になっても「犯人を自殺するようにし向けました」とはばかることなく口に出して言えるそのメンタリティ、それが恐ろしい。
ウルフは犯人を法の下で裁くことができるような証拠はいっさいない、とクレイマーに言っていますが、自分たちの私刑を正当化するための詭弁と受け取られても仕方がないのでは?
クレイマーはそれで激怒して「もう二度とここに来ない」と言い放ちますが、これはウルフが「一線」を越えてしまったことによるクレイマーの最大のサヨナラ通告でしょう。

なぜ?

「世界一の名探偵」の名に傷がつくから? 
信用商売だから今後のビジネスに差し障るから?

人殺しと同じ土俵に上がれば自分も人殺しです。
(怪物とたたかう者は、みずからも怪物とならぬようにこころせよ。なんじが久しく深淵を見入るとき、深淵もまたなんじを見入るのである…)


なぜ、こんな悲しい結末に…?? 
わかりません。
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by n_umigame | 2007-06-13 22:34 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
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