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『歯と爪』 ビル・S・バリンジャー著/大久保康雄訳(創元推理文庫) 東京創元社

恩田陸さんの『象と耳鳴り』を読んだときに、このバリンジャーの『歯と爪』の装丁がステキだったので顰みに倣った、というお話をどこかで読んだのですが、どうも古い版のペーパーバックがそうだったようでこの文庫のデザインとは異なるようです。ですが、この文庫のデザインもシックでステキです。

この本は文庫本にも関わらず最後が袋とじになっていて、「袋とじの手前で犯人が分かったとかつまんないから返す、という場合は出版社に送ってくれたらお代は返却します」というもの。
最近の例ではデニス・ルヘインの『シャッター・アイランド』がそうですが、「見るなと言われると見たくなる」「隠されると知りたくなる」という人間普遍の心理につけこんでいることは申すまでもないのですが、何と申しますか、こう、「袋とじそのものがそそる(中身はともかく)という、あれでしょうか、「縁日で食べるからあの毒々しい色のリンゴアメもおいしい」や、「ビーチで出会ったからステキな男性」に類する「お祭り的高揚感のなせる錯覚にだまされる」という楽しさ、これにつきるのではないかと改めて思いました。

で、肝心の中身なのですが、
↓以下ネタバレ。カトリーヌ・アルレーの『わらの女』のネタバレもあります!!





やはりこれはこの手のお話をあまり読んだことのない人向きではないかと思います。
決してつまらないわけではないのですが、袋とじにして「返金保証」をうたうほどの大傑作かと問われると、かなり微妙です。

このお話は、つまりは「復讐譚」であります。
奇術師の主人公が過去を振り返って語る一人称の語りと、裁判のシーンが交互に入りながら物語は進行します。

謎解きものではないのですが、謎として提示されているのは
(1)「焼失した人間のもの(らしい)死体は誰のだ?」ということと、
(2)「どうやってこの人物を犯人に仕立て上げたのだ?」という部分かと思います。
(「そもそもなぜこんなことに」というのはドラマの部分だと思いますので)
が、(1)に関して言えば、警察の鑑識が仕事がぬるすぎ。ぬるくないとトリックそのものがまかり通らないのでしょうがないのですが、とてもプロの仕事とは思えません。
で、(2)はと言うと、いくらなんでも偶然に頼りすぎ。失神しなかったらここで殺すつもりだったのか。そんなことをしたらあっさり足がつくでしょう。
つまり(1)(2)ともいかにもご都合主義で、せっかくここまでけっこう楽しく読んできたのに、と、読み手をうんざりさせてしまうのだと思います。
サスペンスとしても未来の時点から語っているので、主人公は何らかの形で無事だということが読者にはわかってしまうわけで、緊迫感をいまひとつそそらないのです。

とは言うものの、これはやはりミステリやサスペンスの定番をあらかた読んでいてスレた読者ゆえの感想なのかもしれませんので、何のご縁かいきなりこの手の本を生まれて初めて読みました、という方には平均点以上にお楽しみいただけるのではないかと思います。

…しかし、やっぱりカトリーヌ・アルレーの『わらの女』などが、「人を呪わば穴二つ」でオチているのに比して、やっぱり何だか男性の描く屈託のなさのようなものを感じました。女はこうは描かないなーと。『歯と爪』の方は、だまされる側もまぬけと言うか、人殺しや詐欺を生業にしてきた悪党とは思えないのですが、『わらの女』はだます方も緻密な計算尽くで、偶然なんかには頼らないし万に一つも自分に泥がかかることはない、「あーばよー」と去っていくその後ろ姿にほんとうに主人公といっしょになって「きぃいいいぃぃ!!」となります。おまけに、だまされた方に対しても、「あんたがバカなんだからしょうがないよ」と読者に思わせる、このアルレーの悪魔っぷりには脱帽します。
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by n_umigame | 2007-08-14 13:52 | ミステリ | Trackback | Comments(0)
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