*さいはての西*

fwest.exblog.jp
ブログトップ

『エンゼル・ハート』 (1987)

1950年代のニューヨーク。
売れない私立探偵ハリー・エンゼル(ミッキー・ローク)の元にルイ・サイファと名乗る男(ロバート・デ・ニーロ)から依頼が舞い込む。簡単な依頼かと思いきや、連続殺人事件に巻き込まれ、しかも、それが全て自分自身に関わる事を知る。そして突然飛び込んでくる、全く知らない人物のヴィジョン。不可解に思いつつ、巨額の報酬に目が眩み、事件を追うのだが、彼をあざ笑うかのようにその先々で殺人が起こる。


むっかーーしテレビでやっていたのを一部だけ見たことをぼんやり思いだし、そう言えばあれどういうお話だったのかな、修羅場が終わったら見ようっと♪と見てみました。

あー…こういうお話だったのか。

あまぞんさんで『ユージュアル・サスペクツ』を買った人にオススメ!とあったので、ちょっと楽しみにしていたのですが、想像していたのと違いました。

↓以下ネタバレ。



「謎」が提示されるとどうしても最後まで見てしまうのですが、オチでやはりオカルトに逃げられてもねえ…というのが正直な感想であります。

『オーメン』を読んだときも考えたのですが、キリスト教文化圏の人たちにとって「悪魔」って何なんでしょうね。
悪魔の助けなどなくてもひどいことをしでかすのが人間のおそろしさなわけで、そういうことをしてしまうのも人間の業(ごう)である、という部分から逃げてはいけないように思うのですよ。

少なくとも、悪魔とか、ほかのものに責任を押しつけて、エッフェル塔が高いのも郵便ポストが赤いのもみんなあいつが悪いんや、というへりくつがどれだけ多くの不幸を生んでいるかを思うと、ちっとも建設的じゃないですね。

そうはいっても人間は弱い生き物ですから、何もかも自分で抱え込んでは生きられない、前へ進めないときも、ときには、あります。
それでも絶対にほかのものの責任にしてはいけないこともあるのではないかと思うのです。

ハリウッド映画は「ただのお話」ですが、「ただのお話=物語」は、世相やその時代の人間の深部や、または人間の先行きを、図らずもさらけ出してしまうことが往々にしてあると思います。
そう言った意味で、アメリカがとんでもない訴訟社会=誰かに責任を取らせたがる社会になったことと無関係だとは思えないものがあります。

単純に映画作品として見たこの作品は、予想通りの展開ではあったもののオカルト・サスペンスとしてきれいにまとまっていると思います。
実は1950年代のニューヨークが見たいと思って見た、という部分が大きいのですが、当時の雰囲気がよく出ているのではないかと思いました。南部の雰囲気とか、家のお手伝いさんが当然のように黒人の女性とか。そこも良かったですね。
あと、換気扇が怖いよう…。
[PR]
by n_umigame | 2007-12-08 17:32 | 映画・海外ドラマ | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://fwest.exblog.jp/tb/6701433
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。