*さいはての西*

fwest.exblog.jp
ブログトップ

『アイ・アム・レジェンド』 リチャード・マシスン著/尾之上浩司訳(ハヤカワ文庫NV)早川書房

もうすぐウィル・スミス主演で公開される映画の原作です。
リチャード・マシスンはいわゆるジャンル小説(エンタメ)エリアで芸域の広い作家さんだなあと思うのですが、『13のショック』があまりにおもしかったので、以来あまり「これ」という作品に出会えていませんでした。

しかし、この作品は思わぬ方向へ転んで、考えさせられる1作でした。

「1976年」、原因不明の疫病が全世界に広がり、感染して発症しても生き残った人間は吸血鬼とそっくりのゾンビとして夜間徘徊するようになる。
そして、ただ一人なぜか感染しているにも関わらず生きながらえることがことができたただ一人の人間・ロバート・ネヴィルの戦いの様子から物語は始まります。

ハリウッドなどのステレオタイプの悪役として「不老不死になりたがる人」がよく登場します。
その半面、古今東西、「一人生き残った/死ぬことのできない男」を描いた作品も多く、それも、それがどれだけ孤独で悲しいことか、というオチになるお話が多いのは、やはり「人間はただ生きているだけという生き方には限界がある」ということなのでしょうか。
この手のお話を読んだり見たりすると、クイーン(イギリスのロックバンド)の"Who wants to live forever?"という歌を思い出します。
「誰が永遠に生きたいと思うものか; 誰も永遠に生きたいなんて思わない」というこの歌は、やはり死ぬことが出来ない男が主人公の『ハイランダー』という映画で使われた挿入歌でした。
何かの間違いで死ななくなってしまった自分の人生を謳歌している人は『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズに出てくる「無限引き延ばされワウバッカー」くらいしかわたくしは知りません。(しかもワウバッカーも、謳歌していたのは最初のうちだけでした)

このお話の主人公ロバート・ネヴィルは、まだ戦う相手がいるだけましだったようにも思います。

最初はただのゾンビものだと思っていたのですが、最後に、全員おかしくなった世界でただ一人「正常」であったために排除される主人公の姿に、この作品がなぜハヤカワの「NV」に収められているのか納得いたしました。

映画はゾンビものくさいですがー…。
[PR]
by n_umigame | 2007-12-09 18:27 | | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://fwest.exblog.jp/tb/6706839
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。