『ガートルードとクローディアス』 ジョン・アップダイク著/河合祥一郎訳(白水社)

父王の選んだ無骨な男との結婚に難色を示す娘ガートルード。意に沿わぬ結婚生活のはて、次第に夫の弟に心を許していく……。ハムレットの母になる女の心理を鮮明に追った長編小説。


シェークスピアの作品中、おそらく「人気」という点では他の追随を許さないのではなかろうかと思われる『ハムレット』。
この小説はハムレットの母親であるガートルード(ハムレットの父王没後2カ月で義弟にあたるクローディアスと結婚、再度王妃に返り咲く)を主人公に、細やかにその心情を描いていくのですが、……上記の引用したあらすじだけ読んでいるといわゆる「よろめきドラマ」(昭和30年代の流行語)(らいし)のようですが、そういうお話ではないです。

ガートルードは確かに「目の前の人を愛する」達人であろうと思います。
「誰かを愛する」というのはひとつの才能であることにも異議はございません。
クローディアスが自分とガートルードの命を守るために何かをしたらしいということに感づきつつ、「今の幸せ」がこわれるのがこわくて黙っていたり、年頃の息子が理解できないと悩むガートルードは、どこにでもいる平凡な一女性であります。
しかし、その、あまりにも「平凡であること」に過剰に適応しているガートルードに、なんとなく薄気味の悪い居心地の悪さを感じてしまいました。

冷静に考えると--著者があとがきでも引用しているとおり、「殺人が闇に葬られたということを除けば、クローディアスは有能な王、ガートルードは立派な王妃、オフィーリアは素敵な宝物、ポローニアスは退屈だが悪い人ではない顧問官、レイアティーズは若者の見本のような男に見える。ハムレットはこの人たちを皆、死へと引き込むのである。」--ということなのであります。

子どもの頃から読んでいた(子ども向けにリライトされたおはなしでしたが)『ハムレット』から受ける違和感をどう説明したらよいのかわからぬまま大人になり、何種類かの訳でも読み、原典にもあたってくだけてみましたが、やはりよくわからない作品です。
あまりにも解き明かされない謎が多いため、古今東西おおぜいの人をひきつけて、ああでもないこうでもないと解釈してみたくなるのかもしれませんが。

思春期と言うにはとうが立ちすぎのハムレットの、母親への屈折した気持ちが戯曲のキモなのかどうかはわたくしなどにはわかりませんが、ハムレットさえもう少し現実問題に対処する能力が年齢相応に備わってたら、こんなに屍累々にはならなかったのではないかと思います。

ハムレットの年齢も古来研究の対象になっていますが、それでもだいたいほぼ30歳前後か、もしかしたら40代かもしれない、と言われているくらいですから、ふつうに考えたら、どんなに潔癖な性格の男性でも、「まあお母さんにはお母さんの人生があるから新しい彼氏ができたって。それが自分の叔父さん、ってのが、素に戻って考えたらちょっとキモいけど、ま、いっか」となっていきそうなものです。自分も彼女ができたり仕事が面白くなってきたりする年頃ですから、ふつうはねえ…。

「いびつなまでに成熟を許されないキャラクター」というと、わたくしはつい、エラリイ・クイーンの創造した探偵エラリイ・クイーンを思い出すのですが、「うだうだ悩んだあげくに幕が下りれば屍累々」というところも似ているかもしれん…とふと思ってしまいました。
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by n_umigame | 2007-12-23 18:35 | | Trackback | Comments(0)

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