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*さいはての西*

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『八点鐘―ルパン傑作集8』 モーリス・ルブラン著/堀口大学訳(新潮文庫)新潮社

レニーヌ公爵と名のって、若く美しい婦人オルタンスの前に登場した怪盗ルパンは、彼女を8つの冒険へと誘う。怪紳士レニーヌは、生得の天才的なひらめきと、過去の強盗の体験から身につけた豊富な知識で、無実に泣く人達や、虐げられた人びとを救うために大活躍。最後に、オルタンスの愛も手に入れる。その後のミステリーで定番となったトリックを惜しげもなく繰り出した評判作。


アルセーヌ・ルパン、実は初体験です!
子どもの頃、「「怪盗」とか言われたってつまり泥棒かい?」と思ったかどうかは知れずとも、小学校の図書室に全集でそろっていたのは覚えているのですが、手は出ませんでした。わたくしに「怪盗」の愉快さ痛快さを教えてくれたのはやはり「ルパン三世」であったり「キャッツ・アイ」であったりしたわけでございます。

で、なぜ今更手を出したかと申しますと、前々から、わたくしの大好きなクイーンの傑作『九尾の猫』に元ネタがあるらしいと聞いておりまして、それがこの『八点鐘』に収められている「斧を持つ貴婦人」らしい、と最近知りまして、やっと読んでみたところ………うわ。 な、なにこれ。

お、おもしろい!!

ふつう、探偵役がいかに謎を解くかという部分は論理の飛躍だったりはするにしても、何らかの筋は通っていることが通例かと思うのですが、も、ぜんっぜん通ってません(笑)。
いや、通ってるのですが、そこへいかにして辿り着いたかという説明がなされない作品があまりにも多いです。

それで、よくもまあこんだけルパンの都合の良いようにたったか話を回せるなというくらい、ルブラン御大のペン(だかタイプライターだか)は走るので、「こんなご都合主義の話があるかこのスットコドッコイのコンコンチキめ!」と本を壁に投げつけたくなるはずが、読んでいて全然腹が立たないのですよ。

「そういうもんだ」と思って、つまり、謎解きを根幹としたエンタメを期待せずに読み始めたということもあると思うのですが、率直に言わせていただいて、もうはちゃめちゃです。
なのにイヤミがないのですね。
これはやはり(クイーンやクリスティを読んでいるときにも感じるのですが)、読者にいかに楽しんでもらおうかと脳味噌ぞうきんしぼりにして作品を描いている、作者のエンタメ精神と情熱のなせるわざだと思います。
「わかる人にだけわかればいい」というような排他的な、悪い意味でマニアックなところがない。
これはすばらしいエンターテイナーの共通点ですね。

あと、短篇集なのですが連作になっていて、恋の冒険がないエンタメなんてフランス人には考えられなーいということで(笑)、レニーヌ公爵ことルパンがいかに思い人オルタンスに振り向いてもらおうかというアプローチの仕方、あがりかたも上手ですね。
イギリスや、特にアメリカの作品では主人公の思い人が元、あるいは現役の人妻という設定はあまり見かけないのですが、フランスのエンタメではめずらしくないですね。こういうところにも彼我の違いを感じておもしろかったです。(フランスを代表する冒険譚というと『三銃士』の主人公のダルタニヤン、いっつも狙った彼女はHey、人妻。なぜだ。と思っておりましたが、フランスのお国柄なんでしょうか。)

ほかに比較するものがないのですが、堀口大学の訳もとても良いのだと思います。
レニーヌがオルタンスのことを「お友達」と呼びかけるのが、なんだかかわいくて好きです。

収められている短篇は、いわゆる本格謎解きのトリックの元祖と思われるネタが満載で、これもあれもルブランだったのかーと、ミステリに不勉強なわたくしでさえ知っている有名なトリックが惜しげもなくつめこまれていました。

また、「斧を持つ貴婦人」ですが、これも、1949年に書かれた『九尾の猫』ですらすごいと思っておりましたが、それよりも古い時代にこういうサイコミステリのはしりのような作品があったというのがすごいなあと、パイオニアにはただただ頭が下がるわたくしなどは感心することしかできませんでした。
「あの連中ほどあてにならないものはありませんよ。誰よりもこざかしく、誰よりも我慢強く、誰よりも頑固で、危険で、愚劣かと思うと理論的で、無茶かと思うと整然とした存在はほかにはありませんもの。(中略)何か或る一つの考えに執着したり、或る一つの行為を何度となく繰り返したりするのが狂人の特徴です。」

このレニーヌのセリフの中にほど、コピーキャット、あるいはシリアルキラーと呼ばれる連続殺人犯の特徴を端的に言い得たものはないかと思われます。

それから、『九尾の猫』と『クイーン警視自身の事件』はわたくしの2大好物クイーン作品なのですが、この2作品は同じモチーフの繰り返しと言われていて、前者ではエラリイは失敗し、後者では父親のリチャードがヒロインを助けるのに間に合う、というのは、なぜなのだろうと考えていました。
『十日間の不思議』の次の作品ですから、己を神と思い上がった男には鉄槌が下るもの、というのが定石としても、脇役のクイーンパパはなぜ「命を救う」のに間に合うのかと。
しかし「斧を持つ貴婦人」を読んでみて初めて、この作品の主旋律とエンディングをきれいに分けて作品に仕上げたような感じがして、またこの2作品も読み返したくなりました。

脱線しましたが、ほかにもルパンシリーズ、読んでみたいと思います。
あとがきで「このルパンは何も盗まない」とありましたが、何をおっしゃいますやら、ヤツはとんでもないものを盗んでいきました。あなた(オルタンス)の心です。ウインク。((c)銭形の父っつあん)というオチで、たいへんさわやかでございました。

たくさん出ているのでしばらく楽しめそうです。わくわく。
by n_umigame | 2007-12-24 22:04 | ミステリ