『眠れない一族 : 食人の痕跡と殺人タンパクの謎』 ダニエル.T.マックス著/柴田裕之訳(紀伊国屋書店)

1765年11月、水の都ヴェネツィアで評判の高い医師が謎の死をとげた。この医師の子孫の多くが、同じような病で命を落としていく。呪い、疫病、脳炎、性病、熱病、奇病と、さまざまなレッテルを貼られながら……共通している症状は死の数ヶ月前から眠れなくなること。
数世紀を経て20世紀も終わりかけた頃、この致死性不眠症の原因が、羊たちに流行した震え病であるスクレイピー、パプアニューギニアの部族を襲ったクールー病、世界を震撼させた狂牛病と同じく、殺人タンパク(プリオン)とわかる。
そうこうするうちに、アメリカの野生の鹿に似た病気が蔓延、新型クロイツフェルト・ヤコブ病の拡大が噂されるなか、殺人タンパクの起源をたどるうちに、人類の初期の時代である80万年前の「食人習慣」の事実にたどりつく。

「致死性不眠症」の謎を探るうちに、プリオン・狂牛病につながり、やがては80万年前の人類の「食人習慣」に行き着くという、壮大なスケールで展開する科学・医学読み物です。謎解きが愉しめるミステリー仕立てのストーリーですが、「事実は小説よりも奇なり」、最後にどんでん返しが待っています。


「証拠の不在は不在の証拠にあらず」
-----結論としてはクロイツフェルト・ヤコバン派のこの言葉に集約される内容ではありますが、さまざまなことを考えさせられる本でした。
ノンフィクション、ドキュメンタリーに類するものではありますが、多少著者の主観によるドラマの部分も入っているように思われます。(特にイギリス人に対しては何か含むところがあるのかしらと思わないでもないです)
とはいえそれは些末な部分で、全体としては特に専門的な知識が無くとも十分に興味深く読める内容になっています。

発端はイタリアのある一族を襲った謎の難病。40歳~50歳を超えると発病し、おそらく遺伝性の病気であるとは思われるものの医師たちも手の施しようがなく、発病から長くても1年から2年で亡くなっていく。
20世紀になって名付けられた「家族性致死性不眠症」は、狂牛病、羊のスクレイピー、クールー病などすべての病気に共通するのは異常なタンパク、プリオンが原因である、というところまでをつきとめた。(とされる。)
これらは総称して「プリオン病」と呼ばれる。
しかし、まだはっきりしないことが多すぎ、かつ、プリオンの発見者としてノーベル賞を受賞したスタンリー・プルジナーがあくの強い人物で、他の研究者の手柄を横取りしたりマスコミへのフライング(自分でたれ込む)があったりと、いまひとつ科学者としての誠実さに信用がおけない部分があって…。
というドラマティックな部分もおもしろかったです。

そうこうしているうちにも人は亡くなっており、端から見ているとそんなしょーもない犬のケンカみたいなことやっとる間にさっさと研究をすすめて一人でも救ってやらんかいと思うのですが、科学者も人の子、彼らの世界もたいへんです。
怪我の功名と言うべきか、このような大騒ぎやプルジナーのスタンドプレイがあったからこそ、政府も無視できなくなって研究費や助成金が下りた、ということもあって、一概にそれが悪いとも言えない部分もあり、複雑であります。

日本人の読者として、この本の中で特に興味深いことには、ヨーロッパを中心とする世界の人類のほとんどが「ヘテロ接合体」という、いわばプリオン病にかかりにくい遺伝情報の型を持っているのに、日本人はなぜか「ホモ接合体」の人が多い、というより人口のほとんどがこちらの型であるという指摘です。

これは、プリオン病の原因がおそらく80万年前からヒトが行っていた共食い(食人)の慣習にあるのではないか、と言われているらしく、共食いによるプリオン病の発生を防ぐために人類は「ヘテロ結合体」を持つ個体を増やし、文化人類学的にもカニバリズムはタブーになっていったのではないか、という説が披露されます。
ヒトの祖先は現在わかっているだけで7種類いたらしく、その7種類ともが共食いしていたらしい、と別の本で読んだことがあります。(そしてわれわれの祖先だけが死んだ仲間を弔う、葬儀の習慣があったとか。)

ということは、日本人の祖先には、おそらくヒトも含めて、肉食の習慣自体がほとんどなかったということなのではないかと思われます。
(高島俊男さんの本を読んでいて、お隣中国のとある村で「人間を生きたまま食った」というニュースが新聞に載ったが、これは「生きたまま」の部分がめずらしかったからニュースになったのであって、中国では歴史上、戦争で籠城して食糧が尽きたとき将軍が妻子を殺して兵士に食わせた話が美談として語り継がれるようなお国柄なので、人間を食ったくらいじゃニュースにならんのだ、という話が出てきて、なんだかさもありなんという気になった覚えがございます…)

BSE(狂牛病)が大騒ぎになったときに、牛に共食いさせていたこと(肉骨粉など)が原因だったらしいと報じられているのを聞いて、「やっぱり人間の責任だったのか」、つまり自然の状態ではありえないようなことを他の動物に強いたこと、人間がしでかしたことへのしっぺ返しが来たのだと思って見ておりました。

プリオンには、高熱、土壌に埋める、放射能、時間、そのどれに対しても恐るべき耐性があるそうです。(例えば、20年前にプリオン病で亡くなった人の脳を保存してあった容器を開けて、別の実験動物を入れたら、その動物がプリオン病に感染したそうです。)
そして、タンパク、つまり分子なのに伝染性があり遺伝性があるという、従来の感染症の概念には収まりません。
生命でないのだからこれらのものに耐性があるのはあたりまえかもしれませんが。

このような病原体が、遺伝的にまったく耐性のない、過密性の高い土地で暮らしているヒトに感染したら…下手したら日本人は絶滅危惧種になるかもしれません。
何かにつけて腰が重い我らが政府が、迅速にアメリカの輸入牛を全面禁止した背景には、このような背景があったのだと知り、背筋が寒くなりました。(事実、イギリスでBSEが流行ったとき、もし彼らがヘテロ接合体の持ち主でなかったら数百万人が亡くなっていた可能性があるとか)
それが現実のこととして視野にあったから、アメリカ産牛の輸入の禁止がすみやかに行われ、けっこうなんでもアメリカの言いなりになるくせに、「これだけは譲れん」と政府もつっぱねたのだと思います。

なんだかSFみたいですが、SFはSFだからおもしろいのであって、現実に起こってもらうとしゃれになりません。

著作中、遺伝子組み替え食品を指して「フランケンフード」と言っているところがありました。
わたしたちは、何度も何度もパンドラの箱を開けてきてしまったのかもしれません。

…ところで、余談ですが、わたしは、カラスがトリの唐揚げをつついているのを見たことが何度もあります。カラスの大好物なんだそうです。
共食いですよ。
やつらは飛べますよ。
プリオン病は種を超えるそうですよ。(牛→ヒト)(ヒト→別の実験生物)
かんべんしてほしいですよね。
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by n_umigame | 2008-02-24 16:36 | | Trackback | Comments(0)

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