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『証人たち』 (シムノン本格小説選) ジョルジュ・シムノン著/野口雄司訳(河出書房新社)

病身の妻を抱え心身が不安定なまま、重罪裁判所のグザヴィエ・ローモンは、妻殺しのランベール事件の裁判にのぞむ。
被告は一貫して無罪を主張しているが、公判関係者は、ローモンを除いて全員、被告が犯人だと信じている。
判事、証人、陪審員、被告、弁護士それぞれの過去と日常と内面がせめぎあう、スリルとサスペンスにあふれた審理の果てに、意外な結末が…。


「われわれは本当に彼を裁けるのか?」


シムノンの普通小説です。
メグレ警視などのシリーズキャラクターはいっさい登場しません。
メグレものの方でメグレの天敵、コメリオ予審判事というキャラクターが登場しますが、この『証人たち』は判事が主人公です。

普通小説はあらすじに対してどうこうという感想ではただの「読書感想文」になってしまい、感想が書きにくく、シムノンの場合はその独特の静かに呼吸するような文章がなんとも言えず心地良いので、できれば読んで味わってくださいとしか申し上げようがないです。(原文で読めない自分がはがゆいですが、おかげさまでシムノンの文章は誰が訳していてもそこそこ良いので、訳者に恵まれているのかもしれません。)
もうしわけありません。

上述の紹介だけ読んでいると、何か謎が提示されてそれに対して意外な結末が用意されている本格ミステリのような印象を受けますが、まったくそのような作品ではありません。

主人公が風邪をひいて熱を出している状態で裁判に臨むのですが、それが読者を浮かされたような視野の中に置くという、絶妙なカメラ・アイになっていると思います。

ただ、メグレものを読んでいるときも思ったのですが、フランスの人(あるいはシムノンの?)の恋愛感ってよくわからない、と思うこともしばしばです(笑)。
だからといってこの作品の良さをそこなうものでは決してありませんが。

来年から日本でも裁判員制度(陪審員制)が始まりますが、フランスでは事実上廃止されたようで、この作品はまだ陪審制がフランスでも生きていた時代のお話です。

アメリカですら見直されてきているという陪審制、なぜ、今、日本で導入されるのか、まったく理解できません。(個人的に日本にはなじまないと思っています。日本では「有罪が証明されるまでは無罪」という考え方より「逮捕されたんだからどうせ大なり小なり悪いことをしているに決まっている」というのが大勢の見方ですし、やはり、神の前での「罪」という概念の捉え方との彼我の違いを、小説など読んでいてひしひしと感じるからです。)
そして、いったん始めても「これはやはりおかしい」と思うと改めることをためらわないお国柄と(神ならぬ人間は間違える、というリスク管理の意識ができている)、いったん決まると「前例がない」「決まったことだ」と容易に過ちをただそうとしないお役人体質の根付いているお国柄とは、リスクの大きさも違うと思われます。

陪審制を考えるという意味でもなかなかタイムリーな作品かと思われます。
装幀も美しいです。


*追記* 病身の妻にふりまわされる男、という設定はロニョンを思い出しました…。またメグレシリーズも読み返したいです。
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by n_umigame | 2008-09-09 22:01 | | Trackback | Comments(0)
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