*さいはての西*

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『生きて死ぬ私』 茂木健一郎著(ちくま文庫) 筑摩書房

歓びも悲しみも、そして眼前に広がる世界のあり様も―人生のすべては物質である脳の中の現象にすぎない。ならば、脳とは私にとっての牢獄なのか。脳内現象である人間の心とは何か。この難問に挑むには、自身の脳がとらえた世界をより深く「感じる」ことから出発する以外にない。本書は、怜悧な科学的知性と熱情あふれる文学的感性とを駆使して新たな世界像を描く試みだ。著者の純粋な出発点に位置する記念碑的エッセイ。(Amazon.co.jp)商品説明より


ご紹介するのもおこがましい今をときめく脳科学者、茂木健一郎さんのエッセイ。茂木さんが33歳の時に初版が出版されたというこのエッセイは、科学というより哲学の領域に近いものを感じました。


生きていると必ず誰もが思う、「私」とは何か、という疑問。
そして、「『私』とは何か、と問う私とは何か」という疑問。

右脳型のわたくしにはとってはこの問いは「問い続けて生きるための問い」です。
解を得られなくてもそれが敗北だとは思わない。
「どうせわかりっこない」という投げやりなあきらめというよりは、この問いは、問わずに生きる方がラクかもしれないけれども、問い続けて生きる方が人生がきっと楽しい、ということなのだと思われます。

ですが、この「解」を得たいという情熱に取りつかれる(あるいは授かる)人が世界には常にいて、哲学者と呼ばれたり科学者と呼ばれたり、あるいは宗教者と呼ばれたりするのでしょう。

この大命題を科学的に解明しようとする動きのひとつが、最近の脳科学(の一端)なのだろうと思うのですが、ここで疑問がひとつあります。
わたくしにはそれが科学的に可能なことなのかどうかすらわからないのですが、「脳」について「脳」で思考している以上、それがすべて解明される日は本当にくるのか、ということです。

自分の顔だけは一生自分の目では見られませんよね。
鏡にうつった自分の顔はあくまでも鏡の中の虚像にすぎません。

そして、脳は、とても利己的な臓器です。
自分が「快」と感じれば体のことなんてどうだっていい。自分の存在を脅かす(=生命としての機能停止)ようなことをやり始めても、それを機能的に止めることができない。(あるいは、しない)それができればアルコール依存症や薬物依存症の患者を少なくとも死からは救えるでしょうし、生命を危険にさらすほどではなくても、ほかの依存症でもその弊害から人体を守れるはずです。
けれども、脳はそれすらできない。

「だって、人間だもの」と短絡して終わりたいところですが(笑)、脳の持つ可能性ばかりに目をやるだけでなく、脳はそういう危うさを抱えたものだという認識はきっと必要なのではないかと思われます。

茂木さんはこの著書のまえがきの中で、「どんなにじたばたしても、まさに、人間は、たんぱく質や核酸でできた機械にすぎないのだ。脳を含めて、人間は機械にすぎないのに、私たちが心を持つということ、これこそが最大の驚異なのである。」と書いてらっしゃいます。
「脳を研究する人は、人間を扱っているということを忘れては駄目だ」とも。

そしてこの提言は必然的に宗教の領域へと話はつながっていきます。

「天才」について、エジソン、鶴屋南北、手塚治虫等を例にあげ、「その人が出てしまった後ではむしろ当たり前と思われるようなものを世に出す」人であると定義し、実は天才は領域によってはそんなに珍しいものではないのだが、ほとんど出ない領域がある。それは宗教である。
「家族や、部族、国家という枠を越えて、『愛』という普遍的価値を唱えたキリストの功績は、いくら讃えても讃えすぎることはないだろう。」し、「他の生命の犠牲の上にしか成り立たない私たちの生そのものの矛盾、苦しみに目を向けたブッダも、また宗教的天才であった。キリスト教が人間中心主義の発想から逃れえなかったのに対して、ブッダの目は、より広く自然界全体に向けられていた。」が、キリストが出てから2000年、ブッダが出てからは2500年、その後さまざまな宗教的覚醒者が出たが、キリストやブッダが到達した地点からの本質的進歩はない。宗教的天才はそれほど出にくいものなのだ。
もはや、キリストの教義もブッダの教義も私たちの持っている宇宙や人間に関する知識とは相容れないものになってしまったが、「もし、次の宗教的天才が現れるとしたら、その人は、今日の最高の知性でさえ納得せざるをえないような、世界と人間のあり方に対する新しいシナリオを提示する人となるだろう。」と。

この本の初版を出すとき、出版社から「五木寛之だったらよかったんですけどねえ」と言われてしまったそうです(笑)。

やはり若さを感じるところもあるものの、それでもすばらしいエッセイですので、未読の方はぜひ。
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by n_umigame | 2009-03-09 15:52 | | Trackback | Comments(0)
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