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『ゴーリキー・パーク』(上・下) マーティン・クルーズ スミス著/中野圭二訳 (早川文庫NV)早川書房

モスクワのゴーリキー公園で雪の下から男女三人の射殺体が発見された。いずれも顔面を刃物で削ぎ落とされ、指先も切断されていた。捜査を命じられた民警の主任捜査官レンコは、人類学研究所に被害者の顔の復元を依頼する一方、被害者の遺留品から運命の女性イリーナと出会う。反体制派の彼女に次第に魅かれていくレンコ。そして捜査線上に浮かぶアメリカ人の毛皮商…ソ連社会の暗部をかつてないリアリティで描いた問題作。英国推理作家協会賞受賞作。(Amazon.jpより)


「おもしろい」というウワサは聞いていたものの長年入手できなかったようで、最近再版されました。
解説によるとたいへん寡作な作家さんのようです。
発表された当時、旧ソ連から亡命してきた人が書いたと思われていたそうです。非常に綿密な取材によって書かれていることが伝わってくる作品なのでそう思われたのでしょうし、またそれが寡作の原因でもあるのだろうと思います。ですが、「おかわり早く早く!」という作家さんでもないのでいいのではないでしょうか。(ちょっと。)

ところどころにはさまれるウィットに富んだユーモアや、お人柄が透けて見えるような人物の描き方など、見るべき所はたくさんあるのですが、いかんせん、それがお行儀が良すぎてのめり込めない。
そして冒頭で起きる殺人事件の捜査はメインではないということが半分以上読んだところでわかるのですが、後半がそれ以上盛り上がらない。
ハヤカワ・ミステリではなくNVの方に入っており、元々ミステリではないという判断なので、それはそれでまったくかまわないのですが、かといってエスピオナージュというわけでもなく、普通小説というわけでもなく。同じハヤカワNVに入っている作品なら『寒い国から帰ってきたスパイ』の方が何倍もおもしろかったです。

おそらく、この、一見民警のテリトリー(国内の殺人事件)がKGBのテリトリー(国際犯罪)に広がっていくという展開の仕方自体に問題があるわけではなく、キャラクターが問題かと思われます。

まず、主人公の民警の捜査官アルカージ・レンコがあんまりおもしろくない。
旧共産圏の国というと、いともあっさり微罪や冤罪、あるいはそもそも西側諸国では犯罪ですらないことで人を死刑にする国だったというイメージがあるのですが、そんな息詰まるような国で体制側の人間として生きる緊張感とか、KGBとの丁々発止のやりとりとか頭脳戦のようなものがない。ないわけではないのですが、あまり成功しているとは言い難いです。(民警とKGBとの関係は、アメリカで言ったら例えば市警とFBIとか市警とCIAとかそんな関係みたいです)

別にずーっとかっこよくなくったっていいんですよ。(個人の脳内ファンタジー大爆発みたいなキャラクターを持ってこられても困りますし)読んでると泣けてくるようなおバカさんでもいいんです。(最近読んだ例ですと、クルト・ヴァランダーとか(笑))なんていい味出しやがるんだコンチクショウというキャラクターであってくれればいいんです。てその方が難しいわ?(笑)でも、それが作家の腕の見せ所、そして自分の鍛えてきた「人間を見る目」の披露しどころだと思うのですね。

次にヒロインに魅力がない。上に述べたことの別の言い方ですが、美人だったら良いというのじゃなくて、もうちょっとこう、「ああいい女だなあ」と思うように描いていただきたい。でないと主人公が何でこの人のためにそこまでするの、という部分に説得力がない。予定調和みたいにくっつかれて別れられても盛り上がりませんよ。「惚れたから」? でもちっとも「ああ、惚れちゃったのか。惚れちゃったんじゃあしょーがねえな」という感じじゃないですよ(笑)。
この作家さん、あんまり女の人好きじゃないのかもしれない。男性の作家さんでも「ああ女のいいところとこわいところをよーく見てるなあ」と思う作家さんがいらっしゃるのですけれども。(ロス・マクドナルドとか…『さむけ』とかラスト一行本当に凍りつきましたよ。)

レンコの部下のパーシャ(ううう…)やニューヨーク市警のカーウィル(ううう…)など、”いい味出してるなあ”にもう一歩、というキャラクターも登場するのですが…。
この小説の舞台となっている1970年代と言えばニューヨークの治安が最悪でニューヨーク市警の汚職や腐敗が大きく取りざたされた時代なので、カーウィルも悪徳警官なのかと思っていたらそうでもなく。(検事局から危ない警官だと思われていることは間違いなさそうですが、でもこの小説の場合は蛇の道は蛇という感じです(笑)) 畳の上では死ねないキャラクターだろうとは思っていましたがしかしなあ…。レンコが死に水を取ってくれたことが救いです。でもパーシャのときの方が「えー!!(泣)」と思いました。すまん、カーウィル。

人間が人間を愛おしいと思うのはどんなときか、人間が人間として愛さずにはいられないと思うのはどんな人間か。それがわかっている人が作った作品世界には、国を越え、世代を越え、文化や性別を越えて、あらゆる表現媒体で、すばらしく魅力的な登場人物が住んでいると思います。

現実では何事もそんな安易に白黒がつくような問題ではないにせよ、エンタテインメントで描く以上、多少類型的になった方がおもしろいしわかりやすいという部分はあると思うのですが。

そんなこんなでいろいろと残念です。
上下巻あるのですが読み終わるまでに3回中断してしまいました。
穿った(意地悪な)見方をすれば『チャイルド44』の尻馬に乗っかった復刊と見られても仕方がないかもしれません。名作が復刊されるのであれば尻馬にでも野次馬にでも乗れるものには乗っかっていただいてよろしいのですが、果たして名作かどうか、おそらく意見の分かれるところであろうと思われます。すみません。
これが早川さんから出た本でなければきっと最初から期待しなかったので、その分点が辛いということもおことわりしておきます。早川さんはもっとできる子だと思っておりますので。がんばれ早川さん。
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by n_umigame | 2009-04-17 17:49 | | Trackback | Comments(0)

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