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『死よりも悪い運命』 カート・ヴォネガット著/浅倉久志訳(ハヤカワ文庫SF)早川書房

作家たち、家族の絆、難民問題、地球汚染……。心やさしきニヒリスト、ヴォネガットが、スピーチとエッセイと追憶の数々を見事に組み合わせた、1980年代の自伝的コラージュ

故人となった父母や姉など身近だった人びとの思い出をとおして、悩み多かった家庭生活の秘密を打ち明け、また同時代の作家たちのこと、さらには銃砲所持や民族社会、モザンビークの内戦、地球汚染などの社会的、世界的な問題にいたるさまざまなテーマを、アメリカ文学界の奇才ヴォネガットが、ユーモラスかつ真摯に語るエッセイ集第3弾。スピーチとエッセイと追憶の数々を見事に組み合わせた1980年代の自伝的コラージュ。 (ハヤカワ・オンラインより)


ヴォネガットの名前に「Jr」がないのですが、Jrの有無についての説明がこのエッセイにあって、初めて理由を知りました。
なーんだ、そんなことだったのか、というような理由ではありますが(笑)。

ヴォネガットらしい、ユーモアとアイロニーにあふれた、自称「ぼけ老人の愚痴」。
読んでいてくすくす笑えるのですが、しかしテーマは重いものばかりです。

初めて読んだヴォネガットの作品は『スローターハウス5』だったので、このエッセイでも語られるドレスデンの大爆撃のことは、ヴォネガットの立ち位置としては、とてもよくわかります。
わかりますがやはり、日本人として、ドレスデンの爆撃の被害者の数がヒロシマより多かったから、戦略的にヒロシマには意義があったから、という理由だけでは、とてもヒロシマの方がマシだった、という考え方は承伏できかねます。日本は焼け野原になりましたが、それは日本全国に軍需工場があったからではないのです。

一作家としてのヴォネガットをわたしは素直に愛してはおりますが、『スローターハウス5』を読んだときから、どうしてもここだけは納得できませんでした。

最初は、やはり故国を焦土にされた経験のない国の人には理解できないのかもしれない、と考えたのですが、どうもそれだけではなさそうです。
逆に言うと、ヴォネガットほどの聡明さと心優しさを備えた人でさえも、何かを曇らせてしまう毒が戦争にはあり、それを解毒するのは並たいていのことではないということなのだなあと思いました。

先日、NHK(ハイビジョンだったか)のドキュメンタリーで、各国の戦争記念館はどこも、例えば日本だったらヒロシマ、長崎、アメリカだったらパール・ハーバーからその展示を始めている。けれども、本当は逆に、自国が他国に与えた被害から展示して、子どもたちに語り伝えることがたいせつなのだ、と言っている方がありました。
とても難しいことではあると思いますが、理想として、本当はそのとおりだと思います。
そして、戦争は、他国の人たちに酷いことをすることももちろんいけないし悲劇だけれども、自分のすぐそばにいる自分の大切な人に、こんなに酷いことをさせてしまうことも悲劇なのだと。自分の大好きな人が、人を殺して帰ってきたらいやでしょう? あるいは自分が人を殺さなければ殺されるという場に置かれるのはいやでしょう? というような、ほんとうに単純なことのように思われます。

何だかむちゃくちゃ重い感想になってしまいましたが、これだけは。
それでも、このエッセイは、笑えますから。(笑)
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by n_umigame | 2009-05-04 17:59 | | Trackback | Comments(0)

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